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2012年10月 2日 (火)

地を慈しむ様に。

古代から続くオイルを使ってした瞑想の後、
出てきた言葉。

「植物は神の光をこの地球に下ろすという使命を全うしている。
その力、波動は私たちに何を教えてくれるのだろう。
我々現代人は、地球の生命すべてを支配しているかのように、
その資源から様々なものを搾取している。
搾取するどころか、地球の中に循環する事の出来ない廃棄物を飲み込ませている。
そして、住めなくなった所を後にして、
また、新たな場所を支配していく。
人は、何のために生まれてきたのだろう?
地を慈しむ様に歩き、
地球と繋がる。
人間ならではの能力を使い、
次の世代の生命のために、
この地球を光で満たさなければならない。
地を慈しみ、光をつなげるとき、
自らも本当の滋養を得る事が出来るのである。」

反省しました。
いただく事ばかりだったから。
アスファルトの上で生活していると、その下に広がる深い大地の事を忘れてしまう。
反省してから、地を慈しむ様に歩いてみました。
アスファルトの上だからこそ、より一層深く丁寧に。
そうすると、地球のエーテル体の圧倒的なエネルギーと私のエネルギーが交流をはじめて、
何とも言えない力に満ちあふれてくる様に感じました。
昔の人は、自分の手や足から大地を慈しみ、
だからこそ、大地からの言葉を受け取る事が出来たのですね。
今までお世話になってきた分、
更に慈しみながら歩き、地球からいただくエネルギーに感謝し、
小さな力だけれど、光を少しでも灯せるように生きなければ・・・・

山本ユキHP エネルギーの学校・脳のヒーリング・内臓のヒーリング(気内臓)


2011年8月24日 (水)

なぜ瞑想するのか?

なぜ瞑想を始めたんだっけ?
と思い出してみると、
最初はバーバラブレナンの「光の手」を読んで、
そこに登場した本山先生の瞑想ヨガのクラスに出たことがきっかけだった。
だから別に「瞑想」をしようと思って通ったわけではなく、
経絡体操を習おうと思っていたんだなぁ。
と思い出した。
当時、「瞑想」なんてなんだか宗教みたいだし、説教くさい感じがしてイヤ! と思っていた。
先生のハラが大きくせり出しているのをみて、
「先生、行を重ねるとそんなお腹になるのですか?」と質問し、
「そうです。」と言われ、
「あまりまじめにやるとあんなお腹になるから注意が必要だ。」と真剣に思っていた。

その後は、見えない世界を探索するためのツールとして、
そして、少しでもヒーリングの力が向上するようにと思って瞑想をしていた。

自分の中の目標が変わり、
いつの頃からか、瞑想が神聖と結びつきつくためには一番効率が良いツールだと気がついた。
日々の瞑想と共に様々な瞑想法も学び、
ずっと会いたかったアナディのインドのリトリートにも参加した。
日常とはかけ離れたインドでの体験はとても大きなものだった。

しかし、帰国して日常の中に入ると、それと同じ状態を作り出すことは難しく、
どうしても同じような体験、「それ」を追い求めるようになってしまった。
そして、過去を追い求めるのだから、同じ体験ができるはずもないことに気づいた。

あれはいつだったのだろう?
紛れもなく恩寵は常にここにあることが日々の生活の中で実感として感じ始めたのは。
それは、
自分が無意識に物質社会の中に存在するのか、
意識的に神の恩寵の中で生活するのか、
常に自分が選択できること。
それにより、何時でもどこでも「今」が至福のときになるのだ。

今までの人生の中で、これほどまでに至福を常に感じたことはなかった。

出来ることなら少しでも多くの人にこれを味わってもらいたい。

瞑想は、ここに到達する為にはとても使い心地のよいツールだけれど、
それは、瞑想しているときだけに起こるわけでもない。
常にあるものなのだ。

山本ユキHP ハンズオンヒーリング・気内臓チネイザン・エネルギーの学校


2011年8月11日 (木)

瞑想

間違えて、今週2日も瞑想の時間を取っていました。
明日12日の1時から4時までは初心者向けの時間にします。
もしも、お時間あるようならばどうぞご参加ください。
簡単なチャクラの説明、活性化の方法、
呼吸法など。
ky.yamamoto@nifty.ne.jp
]

地下鉄のタイル使ってお稽古してます。
Cao1aol8


山本ユキHP ハンズオンヒーリング・気内臓チネイザン・エネルギーの学校

2011年4月27日 (水)

瞑想の向こう側2 (脳)

一方で、ステートオブプレゼンスと脳との関係がとても私の興味を引いた。
anadiが面接の際に脳へのアプローチをしてくれたが、
それ自体は洗練されたものではなかったけれども、どの部分にアプローチしていたのかを
自分のステートオブプレゼンスをする際に、
どの部分が活性化していくかを踏まえて、
探っていった。


インドへ行く少し前に、次女が「この本面白いから。」と、
世界史のレポートのために使った本を貸してくれた。
システィーナ礼拝堂のミケランジェロの天井画の本だった。


ルネサンスの巨匠ミケランジェロが描いたシスティーナ礼拝堂の天井画。もっとも有名な歴史的傑作のひとつであるこのフレスコ画を見るために、世界中から人々が集まり、圧倒的な美に息をのむ。だが、キリスト教世界でもっとも神聖であるともいえるヴァティカンにあり、教皇の命によって描かれたものにもかかわらず、そこには新約聖書の人物がひとりも描かれていない。その謎を解くカギは、ミケランジェロが傾倒していた新プラトン主義、ユダヤ教やその神秘的な教義にあった。全面的な洗浄によって元の輝きを取り戻したこのフレスコ画を詳しく眺めると、ミケランジェロが眼力を持つものだけに伝えようとした、しかし、なんとしても隠さなければならなかった禁断のメッセージが見えてくる。500年後のいま明かされたその秘密とは…。巨匠の遺した秘密が500年後のいま明かされる。図版120点以上。(AMAZONBOOKデータベースより)』

とても面白くインドに持って行きたいくらいだったけれども、
重いので断念し、家に帰ってきてから再読しはじめた。

ミケランジェロの天井画の「アダムの創造」は、とても有名な作品だけれども、
cnnでも話題になったように、
その作品には「脳」の断面図が「神」の体を使って描かれている。
アダムの指と神の指が触れ合い、神の身体に繋がるところは、
脳へのアプローチの際にエネルギーが通っていく道と関連しているように思える。

また、
脳梗塞を起こした脳神経外科医の体験記を読んでいても、
脳と神聖なるものとの関連性は非常に興味を引く。
(この場合、右脳と左脳という切り口だったけれども。)

そのほかにも、チベットの僧侶やカソリックの修道女が瞑想している際の脳の状態などもいくつか研究されている。

脳は、私たち人間の技術がこれだけ発展してきても、
まだまだ解明できない部分が多くのこる臓器だ。
しかも、私たちは一人ひとりその機能を自らの身体の中に持っているのにもかかわらず。
未開の地なのだ。

自らの中にある神聖を見つけるときに、
脳へのアプローチは非常に大切なポイントとなっていくように思える。
脳へのヒーリングも非常に有効に思えるが、
その際には、より精密にエネルギーを流し分ける必要があると同時に、
より繊細に働きかけなければ、頭痛などの症状が出ることもあるので注意が必要になる。
また、施術者がその「状態」を自らが体現していることも大きなポイントとなるように思う。


山本ユキHP ハンズオンヒーリング・チネイザン・エネルギーの学校

2011年4月15日 (金)

瞑想の向こう側(インドのリトリート15)

『死』
という言葉が本当に染み入ってきたのは、
実は帰国後、ある人に会ってからだ。

なんだか、日本のエネルギーに馴染めない。
と、なるべく家から出ない日々が続き、
とにかく、座っていれば幸せなのだから、
今までの私の生活とは一変した。

買い物にも、食事にも食指を動かされず、
セッション以外は、とにかく座る。
だんだん、お化粧もしなくなり、
「すっぴんですか?」とクライアントの方々にご指摘を受ける。

数日後、数年前に来てくれていたクライアントの方から久しぶりにメールをいただいた。
彼女は、当初催眠療法に来てくれていて、
しばらくして、お妹さんがヒーリングクリニックのほうに来てくれた。
久しぶりのメールは、妹さんが余命がわずかで、
二人で話しているときに、私の話が出て
会いたくなった。
というものだった。
その週末、彼女たちに会いに行った。
久しぶりに見るお妹さんは、私が覚えている彼女とは別人のようになっていたけれども、
具合が悪い中でも、彼女の持つ飄々としたところはそのままで、
本当に懐かしく、たくさんお喋りをした。
ずっと握っている手は、とっても暖かく数年前よりも滑らかに感じられた。
その中で、彼女は「いかに残された時間が、どんどん過ぎてしまうか。」 を憂いていた。
私はただ、手を握り聞いていた。
ふと、彼女の周りに意識を持っていくと、
彼女の上に恩寵のエネルギーが広がっている。
それは本当に素晴らしく。
インドで感じた「そこ」に繋がっていた。
「ねえ、ちょっと目を閉じてみて。」
と彼女がそのエネルギーを感じられるように、導いていった。
恐らく、瞑想をしたことはないと思うのだが、
とってもすんなりとその中に入って行き、恐らく1時間以上そうしていた。
「どう?」と聞くと、
「何も考えないでいられて、穏やか。」と言っていた。
顔を見ていると、だんだんと観音様のように穏やかで神々しくなっていく。
すると、ぽつぽつと少し前に彼女が体験した臨死体験のことを話してくれた。
それは、
「自分から物凄くまぶしい光がパーッと外に向かって発光して、
これは何だろう?
と思っていると、次に今までの人生が走馬灯のように繰り広げられ、
それは、自分で覚えていないことまで次々と見せられて、
反省させられた。
「あぁ、これで死ぬのかもしれない。」と思った瞬間、
紫色の光に包まれて、身体に引き戻された。」
そうなのだ。
彼女は、その話は不思議なものでも何でもなく、
まるで日常の中の一部分のようにたんたんと話していた。

次の日も、どうしても彼女に会いたくなって、
会いに行った。
顔を出すと、「あっ 来てくれたんですか?」と少しはにかんだ表情が今でも忘れられない。
その日も、大部分の時間彼女の上にある恩寵と繋がりながら過ごした。
翌日は、遠くの病院に転院しなければならず、
もしかして彼女に会えるのはこれで最後になるかもしれないと思うと、
本当に立ち去りがたく、最後の時をともに過ごさせてもらえたことに本当に感謝した。
彼女の頬の感覚はまだ私の頬に残っている。

その時間は、私にとっても恩寵と繋がるとても素敵な時間だった。
マスターとの時間も素晴らしかったけれども、
私に「これ」を示し、意味するものを教えてくれたのは彼女だった。

ある晩、眠る前に「そこ」に身をおいていると、
素晴らしく高貴なエネルギーが私を取り巻いた。
あまりの事に時がたつのもわからなくなった。
その後、その晩に彼女がなくなったとお姉さまから連絡をいただいた。
彼女の魂の質感は、あまりに高貴で愛に溢れていた。
私は、自分が彼女をサポートできたらと思い、
彼女の元へ行ったけれども、
実はサポートされていたのは私のほうだった。
彼女の神聖なる魂は多くのことを私たちに教えてくれた。

『死』はけして恐れるものではなく、私たちが戻っていくところなのだ。

(Jさんのご家族のご好意により、この経験をシェアさせていただきました。)


山本ユキ ハンズオンヒーリング・チネイザン・エネルギーの学校