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2010年4月 3日 (土)

ドバイ!

モロッコに入り、あまりの大地のエネルギーの中でいつもと調子が違って戸惑い気味だったのですが、マラケシュを離れてカサブランカの空港に着くころには、何だか体が軽くなり ドバイに着いた途端に元の自分に戻る。(前世で悪いことをしたのか、あまりに俗物な私なのかは定かではありませんが・・・)
バージドバイは高すぎて一回の写真には収まりキレません。
バージドバイの周りは、素敵なショッピングセンター。
あらゆる国の、あらゆるお店が集まって「ここにいれば どこに行く必要もない。」が、しかし、高い! 税金がかからなくても、日本と同じくらいの値段。 しかし、アラブのお金持ちは、持ちきれないくらいの紙袋を提げて歩いている。なぜだか黒装束の女性に人気なのはヴィトンのバック。 みんな同じだから見分けがつきません。 なぜ、ヴィトンなんだろう?
 ティファニーでは、小学校高学年くらいの女の子が、母親とはいってきて「○○はある?」と聞いて「今はございません。」と言われると、「チッ。」と舌打ちして出て行った。
子ども連れの家族には子供専用シッターさんがついてお世話している。ドバイショックでもこうなんだから、もとはどうなのだろうか?
しかし、アラブの白装束(カンドーラ)男子はステキ!
ジェラバとどう違うのかは定かではありませんが、カンドーラを着ているだけでも2割いや5割増しに素敵に見えます。
贅の限りを尽くしたドバイ。
しかし、工事が止まっているビルもあるし、そのきらびやかな一角から外れると、地元の人たちの堅実な生活があり、不思議なところでした。 すぐに砂漠だし。

2010年3月30日 (火)

スークで拉致られる。

マラケシュ最終日。

この日は、朝からスーク(バザール?市場?)に。146

新市街に行く人たちと別れて、私は一人でジャマエルフナ広場に残ってブラブラしました。

先日は、SATCのロケがあったそうで、スークの中にはその中で作られたセットがそのまま残っていました。

そういえば、アイト・ベン・ハッドゥにも映画のロケのセットがそのまま残されていたし、ほかの国ならば「いくらなんでも取り壊すでしょ。」と思うと思うけれども、モロッコの人たちのこだわりのなさは、ある意味凄い!

ランチを食べて、 150

銀行で両替をしていると、私の前後のラテン系の女性と地元の女性がすさまじい勢いで喧嘩を始めて、あっけにとられて見ていると、現地の女性が私の手を引いて広場に。

あっという間に3人のへナ描き女性に囲まれ、お風呂のイスに座らされ、あれよあれよという間に手足に模様が。

143 終わってみると、8000DH(約八万円)要求されてビックリしていたら、また、そこで3人が喧嘩を始めて、ほとほと疲れたので300DH(約3000円)を渡し,そそくさとその場を離れました。

あとで、岡本先生に報告すると「拉致られたのね。」(岡本先生の言葉って面白い。)と言われましたが、山のように大きな黒い女性3人に囲まれると、さすがに怖い。

AKBAR」という可愛く素敵なブティック(プリンセスが貸し切りにして立ちよるらしい)に入り浸り、スークの値段とは思えない可愛くない値段の洋服を買いこみ、「物欲が蘇ってしまいましたね。」と笑われてしまった。

5時からスパの予約があるので、タクシーに乗って帰ろうとタクシーを探すと、メーター扱いではなく、「50DHでなければ行かない。」タクシーの列。

コーディネーターの和田さんから「メータータクシー」に乗るように言われていたので、

道の反対側まで行って交渉するも、ダメ。

と、一人の運転手さんが、30DH(300円)で行ってくれるというので、お願いしてホテルい着いてみると、「80DH(800円)」の要求。

先ほどの女性とのやり取りで、少し学んだ私は、30DH置いて降りてきました。(和田さん曰く、「そういう時は20DH(200円)置いて『降りないぞ』とごねる。」なるほど。。)

2回目のハマムは、スパが名物のホテルだけあり、154 素敵な内装。152 たっぷりと2時間マッサージを楽しみました。途中、見てみると、バラの花びらでマッサージしていた。

ここでは、値段交渉しなくていいから安心。(ボディ、フェイシャル、爪で13000円くらい)

病み上がりの身では値段交渉はかなり消耗します。

&ここに生きる人たちの生命力の前で、私なんて赤子の手をひねるようなものかしら?

夜は、とってもお洒落なヌーベル・モロッカン・キュイジーヌの『ダール・モハ』へ。

155 156 158 とにかく繊細で美しいお料理の数々。私はフォアグラのソティをチョイス。下にはクスクスが。

このツアー、本当に考えられないくらい盛りだくさんで贅の限りを尽くしたものでした。

岡本先生は、ご自分の知りうるモロッコの素敵さを この日にちの中で目いっぱい組み込んでくださり、そこにコーディネーターの和田さんの底力が加わり、おそらく他では味わえないほど、盛りだくさんで本当にこの値段では申し訳ないほどのツアーを味わうことができました。

私は、ヘナヘナ状態でなにもお役に立てなかったのですが、参加できたこと本当にラッキーだったなぁ と思います。

岡本先生heart01ありがとうございました!

岡本先生が現地の親父たちとやり合っている姿は、本当に可愛かったです。きっと前世はモロッコでハバを利かせていたのでしょうね。

私も親父友達が欲しくなりました。

2010年3月19日 (金)

時間の感覚

砂漠からエルフードの街へ移動の日。
太陽と月を見たあと、部屋に戻った途端に倒れこむ私。
ふと気がつくと、ノックする音がして
「あと5分で出発。」との事。
大急ぎでパッキングして車に乗り込む。
おしゃべりが難しいほど体が変。
エルフードのホテルまで移動の間、覚えていないほどです。
ホテルに着いた途端に、倒れこみその日一日中寝ている。
夜になって、岡本先生のお友達のミュージシャンたちがライヴをしてくれるというので、
フラフラしながら見に行く。
ついた時には気がつかなかったけれども、何とも素敵なホテルです。
ちょっとリゾートっぽい。
ライヴは、何だかとても自由な感じで
誰かがドラムをたたき始めると、次々にそれに乗って行き、
タバコが吸いたくなるとスルッと抜けてタバコ吸いに行ったり、
知らないうちに誰かが帰っていったり、
ボーっとする頭で、
「この自由な感じは何だろう?」
しかし、体に流れてくるリズムは生命力にあふれて、
「あぁ、何だか人間は生き物なのだ。」
と納得し、私もスルスルとその場を抜けてきた。
翌日は、マラケシュまで約12時間かけて帰る予定。
が、しかし雷雨があり、川が濁流になって渡れません。水が引くまでみんな待つのです。 今まで道だったところに濁流が流れ数十メートルいや100メートルくらいの大きな川。
そして、向こう岸でも車が渋滞しているし、こちら側でも渋滞。
どこからともなく、その地の人々がその様子をイベントでも見るように集まってくる。日本だったら大変な騒ぎになるこんな状態でも、なぜだか皆楽しそう。
子どもたちは、アジアの顔の私たちを見て、不思議そう。
写真を撮るというと、女の子たちはサーっといなくなる。
「どうせ、渋滞しているなら。オーリブオイルの工場に行こう。」ということで、歩いて数分の工場へ向かう。
上の丸い石臼が工場の内部なのだが、工場と言っても石作りのおうちの小さなお部屋の中にこの大きな石臼があるのみ。
プラスチックのボトルが何本も置いてあり、しぼりたてのオリーブオイルが。それをペットボトルに入れてもらって買って帰る。
一時間ほどすると、水が引き始め四駆から川を渡り始める。
誰も、イライラしていないのが素敵。
その日、朝9時にホテルを出てマラケシュのホテルに着いたのは夜の10時半でした。
自然と共に生きるというのは、こういうことなのだ。
と、いつも時間に追われてクルクル生活している私ですら
この時間の流れが当たり前になっている。(具合が悪くなったおかげかもね。)
とのかく、ここの自然とエネルギーと時間の流れに私の体も心もエネルギーも少なからず、いや大きな影響を受けている事は確かです。

2010年3月17日 (水)

サハラ砂漠から電話

岡本先生のブログの写真転用させてください。

モロッコでは、docomoがなかなか通じないのです。(ソフトバンクが良いらしい。)

が しかし、サハラ砂漠の真ん中から電話してみたら通じました。

「もしもし、お母さま。 いま、サハラ砂漠で満月と日の出を見ているの。」

との電話に、しばらく私からの音沙汰がなかったので、

さすがに

感動していました。

Photo_7

2010年3月16日 (火)

砂漠で 満月と太陽

いよいよこの旅のハイライト 満月と太陽を両手に!

107 5時に起きてラクダに乗って砂漠の真ん中までゆられていきます。エジプトに続き2回目のラクダ。ラクダひきさんは、相当イケメンもいるらしく。固定ファンもいるらしい。

やっぱり、高いなぁ。ラクダの上は。

砂漠の夜は寒い! ダウンを着て、スカーフを巻いても寒くて。。。

114 真っ暗な砂漠にぽっかりと浮かぶ月。

反対側からゆっくりと

115

 夜が明け始めます。

118

月はだんだんと大きくなり

125 満月が沈みはじめます。

反対側では、太陽がのぼってきました。

132

138真っ暗でしっとりとした闇の中からゆっくりと色が生まれ始め、両手を一杯に横に伸ばすと、右手に大きな月、左手に大きな太陽。

真ん中には広ーい砂漠の中にぽつんと私たちが。

何と贅沢な空間なのでしょう。

やがて、はちみつ色の砂漠がゆっくりと太陽の元から広がります。

前日は砂嵐だったので、はちみつ色の砂漠には私たちが乗っていたラクダの足跡しか残されていません。

これが現実の景色なのかしら?

こんなにも美しい景色が存在していること そして、そこに立っている事。

不思議な感じです。

勿論、砂漠の真ん中で太陽と月の瞑想しましたsun

気持ちよかった~。

裸足で砂の上を歩くと冷たくて、でも、砂の中に足を入れてみるとほんのりと昨日の太陽の温かさが残っていました。

2010年3月14日 (日)

4日目メルズーガ 砂漠到着!

砂漠着。
しかし、凄い砂嵐。誰?状態の装備です。
砂でコーディネーターの和田さんのカメラが壊れました。
しかし、夕方になって太陽sun
fullmoonが美しく見えてきました。
夕食後、岡本先生を囲んで、「乙女座満月のワーク」短時間だったけれども、深いワークになりました。
「今までの自分を漢字一文字で例えると。」という問いには、結構重なっている人が多く、「うーん」と唸ることしきり。
真夜中にホテルの屋上でした満月の瞑想はアフリカの大地に上でおこなっただけあり、しっかりと体の中に月のエネルギーの実感が感じられるものでした。
日本で行う月の瞑想はどちらかというと、アジナのあたりにエネルギーが集まるのですが、ここでは、ムーラダーラ、スワデディスターナ中心でした。
月は世界中どこへ行っても同じものだけれども、場のエネルギーが変わることで 「月」の持つエネルギーのレイヤーがこんなにも変化し、影響を及ぼすものなのだということが 何とも嬉しい発見でした。
この夜見た夢は、何とも印象的な現実か夢の世界だかわからないようなマジカルな感じ。
ここから、この後に続く 私のデトックスは始まったのかも!?

2010年3月13日 (土)

モロッコ3日目続きアイト・ベン・ハッドゥ

モロッコの男性が身につけている、ジェラバという民族衣装。

岡本先生のHPのトップページの賢者が着ているものなんだけれども、ジェラバ

マラケシュに着いた途端に男性陣がこのフード付きコートのようなものを着ている姿が怖くて怖くて。。。

私はあんまり「怖い」と思うことがないんだけれども、このジェラバを着た後姿は本当に怖くて、写真も撮れませんでした。

聞くところによると、これは、モロッコのある村にすみついたユダヤ人がもともと着ていたらしく、それまでこの地の人は布を巻きつけたような衣服を身に着けていたそうなのですが、このユダヤ人の機能的な(確かに砂漠ではこの衣装は非常に機能的で、今回の旅行でもお人形のように可愛い女性まで「ジェラバを買って砂漠に行こうかしら?」などと言っていました。)衣装を知り、この地の人の間に広まったそうです。

コインにも、この衣装を身に付けたおじさんが彫られ、本当にいつもゾクゾクシテいました。

sun

この雪の峠を越えて向こう側の砂漠へと向かいます。

途中、あまりにパワフルなとげをもつサボテン。何もかもが力強いのですよね。道端に咲く小さな花ですら一つ一つが濃い!それに触ってみると内部に非常に水分を含んでいるのです。

物凄い風で砂嵐状態。

こんな装備でなければ外を歩けません。

中にはこんなに美しい壁画の残るところもあります。

アイト・ベン・ハッドゥを見降ろすレストランの食事。
美味しかったサラダ。
毎日、タジンです。
卵のタジンさまざまなタジンが出てきます。

モロッコ3日目続きアイト・ベン・ハッドゥ

モロッコの男性が身につけている、ジェラバという民族衣装。

岡本先生のHPのトップページの賢者が着ているものなんだけれども、ジェラバ

マラケシュに着いた途端に男性陣がこのフード付きコートのようなものを着ている姿が怖くて怖くて。。。

私はあんまり「怖い」と思うことがないんだけれども、このジェラバを着た後姿は本当に怖くて、写真も撮れませんでした。

聞くところによると、これは、モロッコのある村にすみついたユダヤ人がもともと着ていたらしく、それまでこの地の人は布を巻きつけたような衣服を身に着けていたそうなのですが、このユダヤ人の機能的な(確かに砂漠ではこの衣装は非常に機能的で、今回の旅行でもお人形のように可愛い女性まで「ジェラバを買って砂漠に行こうかしら?」などと言っていました。)衣装を知り、この地の人の間に広まったそうです。

コインにも、この衣装を身に付けたおじさんが彫られ、本当にいつもゾクゾクシテいました。

sun

この雪の峠を越えて向こう側の砂漠へと向かいます。

途中、あまりにパワフルなとげをもつサボテン。何もかもが力強いのですよね。道端に咲く小さな花ですら一つ一つが濃い!それに触ってみると内部に非常に水分を含んでいるのです。

物凄い風で砂嵐状態。

こんな装備でなければ外を歩けません。

中にはこんなに美しい壁画の残るところもあります。

アイト・ベン・ハッドゥを見降ろすレストランの食事。
美味しかったサラダ。
毎日、タジンです。
卵のタジンさまざまなタジンが出てきます。

2010年3月11日 (木)

モロッコ3日目 ダーデスへ!

マラケシュ→ワルザザート→ダーデス。
標高2260mのティシカ峠を越え、世界遺産の村、アイト・ベン・ハッドゥへ。
雨による川を渡って向こう岸にある村に行くために
ロバに乗って川を渡ります。
往復で、10DH120円くらい。
雪の残る峠を越えると、マラケシュが雨なのでこちらは風。日本海と太平洋の関係性。
羊は雨が多いと高く取引され、降らないと安く取引されるそうです。
途中立ち寄ったcafeで、エスプレッソにミルクを入れた「ノスノス」は10ディラハム120円。小さなグラスでいただきます。
moon1
ワルザザートを経由して、カスバ街道を通り、ダーデス谷へ。
「人体の谷」とも呼ばれる奇岩の風景まるで火星にいるようです。
道路の脇には、セレナイトがごろごろと売っています。
ホテルの部屋にも巨大なセレナイトのランプがごろごろと置いてありました。
産地なのでしょうか?
fullmoon
それにしても、ここの大地は砂でも切り立った断崖でも力強く「生きている」感じがします。
死んだらそれで終わり、という砂漠から生まれた宗教感は、この土地であればおそらく当たり前の事実として受け入れられるのでしょうね。
生きるということに真剣でありながらも、最終的なところで圧倒的な神(自然)に委ね生きているのですね。

2010年3月 7日 (日)

スーク

スークのクロマジュツ用グッズの店。怖すぎます。
写真にぶら下がっているのはアルマジロみたいな動物の干物。
下は鷹の干物。
その下は、羊の頭。
コーディネーターのマヤさんは、マニアックに民俗学を探っておられ、黒魔術の世界も、さまざまな土地の呪術師を訪ね歩いている。
どの国でも同じように、本当に力のある呪術師ほどカーテンの陰に隠れているらしく、一般には知られていないらしいが、相当に魔術師らしい。
モロッコでは、未だ黒魔術文化が密かに息づいており、悩みのあるものは密かに呪術師のもとを訪れ、悩みに応じた処方箋を書いてもらい、処方箋通りに たとえば「羊の頭の干したものに、○●を二つと ○●の薬草を用意して ○○に○●して置いておく。」その他「アルマジロ」「鷹」など用途に合わせた品々がこのようなスークの片隅の この写真にあるような店に行き用意してもらい、モロッコにしては相当高額な代金を支払って呪術を行っているらしい。
しかし、イスラム教的には邪道とされているので、あくまで秘密裏に行われている。
そして、「私もやりたい!」と旅行者が言って出来るものではなく、あくまでイスラムに根づいたものなので、イスラム教の下でのみ効果があるらしい。
精霊との契約となる。
これは、おそらくどの文化でも同じだろう。
たいていの呪術は外すことができるが、一番パワフルで外すことができないものが、サンゴの板に呪術を書いたもので、これは、このサンゴの板を割らない限り呪術は外せないらしい。
だから、モロッコの男子に「サンゴの板に呪術を書くぞ!」と脅すと、相当、効果があるらしい。(だから、モロッコでは密かに女子が手綱を握っているのか、男子は夜遅くまで外で座っている姿を見かけます。)
この呪術の話は面白いので後日続きを!