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2011年8月17日 (水)

30年後の未来。

次女が、「未来構想キャンプ」に参加してきた。
高校生が大学の先生の下で、
5つのグループに分かれテーマに沿ってワークショップを行う。
次女は、「2040年の世界を構想する。」というグループ。
2040年というと、約30年後。
参加するために高校生はそれをテーマにした小論文を書く。
応募したことも、参加資格を得たことも事後承諾なので、
詳しいことは分からないが、未来の教育について書いたらしい。

30年前、私は高校生だったが、
携帯電話もなく、PCはモチロン、ワープロさえあったか? の世界だった。
あの頃、私は30歳より長生きしている自分が想像できなかったけれども、
「30年後の世界。」を思い描いたとしたら、
どんな世界が思い浮かんだのだろう?
恐らく、今の世の中の半分も想像できなかっただろう。

今から30年後の世界。
果てしなく先のように思う。
私が生きているかどうかすら分からない。
30年後の世界を描けるなんて凄いことだ。
と共に、確実に30年後の世界はやってくる。
その時に、生きていてもいなくても、
その時に、そこにいる人たちが「幸せだ。」と思えるような世界になっているかどうか。
毎日の選択がそこに結びつい行くのでしょう。

30年後を思い描くことが難しかったら、
10年後を思い描いてみる。
10年後に私は何をしているのだろう?
そして、その時に 
その10年を後悔してるだろうか?
満足しているだろうか?

私は、そのために「今」何を選択していくのか、
無意識に生きていくことと意識的に生きていくこと。
その選択を瞬間瞬間にしていくことなのだろう。


山本ユキHP ハンズオンヒーリング・気内臓チネイザン・エネルギーの学校


2009年9月 3日 (木)

夢の実現化の続き

その時からちょうど20年経って、BMWのセールスだった林さんは現在横浜市長に。

この20年私は何をしてきたのかしら? と考えると、子どもを生み育てた事でしょうか? それも創造的な仕事と言えば、そうかもしれない。 (と自画自賛してみたりする。) 

同じように信念の女性がいて、かれこれ知り合って10年近く経つのですが、一貫して周りに流れるものは「自分がどんな状態にあったとしても、目の前にあるものに自分の信念と愛と気力と宇宙の意思を信じて取り組む。」(と私には見える)姿勢です。 彼女を見ると、「まだまだやれる!」という気持ちが湧いてくるのです。 

「実現化する力」 物凄いです。

正直さ、信念の強さ、目の前にあるものを誠実にこなしていく力。(2人を思い浮かべると、紛れもなく性格構造論でいうところのサイコパスだなぁ。 でも、同じサイコパスでも 疲れきって家に帰り、娘たちに「ねぇ、お母さまのことは今日からお父さんだと思って! だからご飯を作ってちょうだい。」と言って「イミわかんない。」と言われる私とはちょっと違う。)

ここに来て、仕事やプライベートでお付き合いいただいている女性たちの底力、本当に素晴らしいと日々感心しています。

過去の傷を見ることは大切です。確かに、自分の鎧の内側に潜んでいる傷の正体(?)を知らないからこそより一層怖くなることってあります。 でもね、その傷があるからこそ「頑張ろう!」と思う一歩が踏み出せると思うのです。 傷に気づいていくからこそ、自分に正直にもなれると思います。 傷ついた経験を思い出すからこそ、相手に対しても誠実でありたいと思うのです。

壁も同じことではないかなぁ。 壁があるからこそ乗り越えようと思うし、壁があったからこそそれを乗り越えた達成感を味わえるのだろうし、壁を乗り越えたからこそ「次も大丈夫。」と思えるような成功体験が出来るのではないかしら? と思うのです。

だからね。

この先に何があるのかわからなくて不安になっても、

一歩づつ確実に目の前にあることをこなしていく事、大切だと思うのです。

毎日忙しいとそれしか出来ないし・・・

でもね、一生懸命生きていれば きっときっと ふと気づいた時に眼下に広がる景色に気づく時があると思うのです。富士山に登った時のように。

そうしたら、何かが実現しているかも!?  いや している!

だから頑張ろう! と自分も励ましています!

だって、現に十数年前から受けたいと思っていた岡本先生のセッション受けることが出来たんですもの! しかも、お仕事までご一緒することになったのですから。 しかもしかも、多くの方に岡本先生のセッションを受けていただけるように計画中なのですから!

みんなも頑張って! きっと大丈夫!(嵐だわ)

ハンズオンヒーリング・チネイザン 山本ユキホームページ 

2009年8月31日 (月)

夢の実現化

昨日の続き・・・

ニュースを見ていたら、衆院選の結果の後で横浜市長選の結果もやっていて、

以前にもブログに登場したと思うのだけれども林文子さんが当選されました。

私がBMWJapanに務めていた頃に、彼女はトップセールスの座を築いていて、(確か主婦からの転進だったような覚えがあるのですが・・ちょっと、人となりを貼り付けてみましょう。)

本社にいた会ったことも話したこともない小娘の私に、突然のお電話を下さり(当時、撮影などに使った車を社員に還元する仕事をしていたのですが)この熱意でどんなに自分がその車を必要としているか、どんなにその車が自分に必要か、その車を頼近さんと並んで走らせることをまるで映像を見るように語りかけてくださったこと、ありとあらゆる方向から五感を使って「635iは私のもの!」という事を納得させようとする底力に驚いたものです。 「セールスの人って凄いわ!」と感心したものです。その時の、語りかける声は、20年近くたった今でも私の耳に残っているし、もしかしたら、私が前に進む力の原動力の一部になっているかもしれません。(私の読みでは、彼女の占星術のチャートには、土の要素がとても多いのではないかと思うのです。五感を使ってあらゆる方向から説明することが出来るのはやはり土の要素でしょ。声に宿るエネルギーも凄かった。)

1946年東京都生まれ。東京都立青山高等学校卒業。東レ、松下電器産業等勤務の後、77年ホンダの販売店に入社。
当時としては珍しい女性セールスとなる。入社翌月よりトップセールスに。87年ビー・エム・ダブリュー株式会社入社。
入社2年目にして年間98台のBMW車の販売を達成。同社初の女性セールスとして、約5年間に400台の販売を達成し営業管理職に入る。
93年新宿支店長に抜擢される。業務低迷していた同支店を最優秀支店に育てる。98年中央支店長に就任。同支店も最優秀支店に。
在任中フォルクスワーゲングループにスカウトされ99年直営であるファーレン東京株式会社代表取締役社長就任。
4年間で総売上、販売台数とも倍増させる。2003年8月ビー・エム・ダブリュー東京株式会社に代表取締役社長として復帰。
「ホウレンソウ(報告、連絡、相談)は上司から」が持論で、ビジネスの基本はコミュニケーションを経営理念に掲げ、
自動車販売業界で数少ない女性経営者として活躍中。 (国際女性ビジネス会議講師紹介より引用)


林さんが高校を即行して東レに入社した時代というのは、入社時に人事部が『君たちは2-3年働いてお嫁さんになります。』なんて
言ってくれちゃう時代である。そんな時代に彼女は、何か違うと転職をしながら、ついに31歳で天職とも言える、営業という仕事に出会う。
31歳でホンダのセールスマンになったのだ。
そして周囲の女が営業なんて嘘だろという雰囲気を跳ね除けて営業ウーマンとして成功して行く。

ヒントはホンダのおとなしい営業マンに出会った事だという。
ちょっとやる気が表にでていない、社交的でもない営業マン。
あ~こういう方も営業をおできになるんだ~と思ったそうである。
曰く、『どんな方も人生のお手本になります』

これなら自分もやってみたい、無理やり頼み込んでホンダの営業になるが、
社長は、ショールームには彼女を置きたくなかったのだろう、
外へ出てお客様をさがしていらっしゃいと言われてしまう。

先輩の営業マンに『すみません、何もわからないので、一緒に外回りと言うのに行かせて頂けないでしょうか?』と
頼むが、そもそもその当時、外回りをして仕事を取っていたのはTOYOTAだけ。
ホンダの営業マンはショールームを詰め所ぐらいにしか思っておらず、『自分でやってよ』と突き放されてしまう。

しかたがないので、林さんはとにかく1日100件と決めて行動を開始する。
『ピンポーン、ホンダの林でございます。今日はお車のご用命はございませんでしょうか?』
『いらない』・・・・・・・・・これで、1件。
でも、来る日も来る日もピンポン、ピンポンで色々な方にお会いするうち、
『あら、また来たの、うちは駄目よ』なんて声をかけてくださる方も出てくるようになり、
そうなると嬉しくて嬉しくて、ついまたピンポン、とやってしまったそうである。
そうこうするうちに、その方は『お茶でも飲む?』と家に上げてくださった。

しかしある日、そのお客様が、『ごめん、林さん今日は調子が悪いのよ』とおっしゃった。
『どうなさいましたか?』『風邪みたい』『お食事は大丈夫ですか?何かお買い物で足りないものはございませんか?』
『そうねぇ、牛乳が・・・』そして林さんは、牛乳を買いに走られたそうである。
会社に戻ってその話をすると、周りの営業は『お買い物セールスの林』と笑ったそうだが・・・・・

しばらくして、そのお客様からお電話を頂く。
『うちは車は入らないのだけれど、主人の会社の方がホンダの車を買おうとされているの、
林さんの事を思い出して・・・・行ってみてくださいます?』

そして、林さんの長い営業生活のスタートとなる最初の一台が売れたそうである。
林さんは『お客様に教えて頂きました』とさらりとおっしゃる。
私は自動車業というのは、完全なるサービス業、おもてなしの心が一番大事だと思うと言われる。

ショールームに見えられたお客様にはとにかく『おもてなし、おもてなし』
『まぁ、よくいらっしゃいました、まずこちらでお茶でも。あら、いつのまにか
奥様がシビックの助手席に・・・・まぁ、奥様とあのシビックの赤のお似合いなことって言ったら・・・』
とはじめると、他の営業マンは、何やってんだ林は・・・と言っていたそうである。
しかし常に成績はトップ。

そして41歳、そろそろ仕事がきつくなった林さんは少しペースを落そうとBMWに転職される。
別にこの時、BMWは募集をしてなかったそうだ、しかし41歳林さんは、私を採用すると御社には
これこれこういうメリットがあるのですという手紙をレポート用紙7枚も書いて送り合格してしまう。
『何事も熱意、熱意ですよね』と林さんはここでもさらりとおっしゃる。

そして、ここでも凄い勢いで成果をあげてしまう。
BMWのショールームにお客様の為なら、牛乳だって買いに行く営業マンが入ってきたのだ。

BMWの営業マンは当然プライドが高く、いらっしゃったお客様は、当然買うつもりだろうという態度で
たいていいきなり見積もりをだして、ここがあーだ、あそこがこーだとはじめてしまう。
しかし、林さんはここでも『おもてなし、おもてなし』である。
『まぁ、お暑い中ありがとうございます。まずこちらにお座りくださいませ、
お飲み物は冷たいものになさいますか?コーヒーとお茶どちらがよろしゅうございますか・・・』
としばらくおくつろぎ頂いて、そしてお車を見ていただくのだ。

当然1位こそ取れなかったが、98台も初年度に売ってしまう。

そして新宿支店の支店長に・・・・
この支店、実は最下位の支店である。
ここで、林さんは『ほめ殺しの林』と言われるようになるのだ。

とにかくぜんぜん成績の上がらない営業マンがいる。
話を聞いてもそれじゃあ駄目だわと思うその人を捕まえてとにかく褒めるのだそうだ。
『○○君、あのヤナセさんと迷っていたお客様どうした?』
『あ~駄目だったみたいです』
『まぁ、あんなに一生懸命やっていたのに、どうしてかしら?』(ぜんぜん一生懸命なんてやってないんですよ(笑))
『さぁ・・・・』
『ヤナセさんにもう完全に決ってしまったのかしら、確認してみた?』
『いいえ、でもたぶん駄目です』
『ちょっと私をそのお客様のところへ連れて行ってくださらないかしら、
もう一度お願いしてみようと思うのよ』

と、20歳も年下の部下の『一緒に連れて行ってください』とお願いする。
男性上司と違ってこのあたりは、こちらから言ってあげないと向こうも遠慮があるのだそうだ。
そしてお客様を訪問すると・・・・・
お客様はあのプライドの高いBMWが、しかも支店長が家まで来てくれるなんてと驚いてくださるのだ。

勿論、部下をしかる時は徹底的にしかるそうである。
『ここがすばらしい、でもここが惜しい」と。また「悔しい」ともよく言われるそうである。
「あなたを見ていると悔しいです、本当に悔しい」と。「こんなにいいところがあるのに、これがこんなだなんて、本当に悔しいね」
時にはつかみ合いの喧嘩にも・・・・『あなたは、素晴らしい人なのに、なんでこんなルール違反をするの!』と。

ここで大事なポイントは2つだそうである。
ひとつは、FACE TO FACE、肌で感じるのが一番人を感動させることができるということ。
もうひとつは、あくまでプレイングマネージャー、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)は上司の方から・・・
とかく上司と言うと、権威をを持ちがちであるが、それでは駄目と・・・・。


『部下を育てるのは、今すぐ結果を求めず、子供を育てると思って、心を傾けてあげてください。
まず、心のベースを作ってから仕事のスキルをUPさせてあげてください。』

なかなかできることでは、ない。

そして、新宿支店はTOPの支店になっていたのだ。
せっかくTOPの支店にしたのに、経営者側は『いや~林君、良くやってくれた、
で、次は中央支店に行ってまた頑張ってくれるか』と言ってきたそうだ。
新川の中央支店は、これまた最下位の支店、がっくり来たそうである。
しかし、社長になった今なら、当時の経営者の気持ちがわかる。
もう社長ってやつは『やれる人がいたらどんどんやらせちゃう』との事である。

さて、中央支店でもできの悪い営業マンを捕まえては
『あなたは素晴らしい、こんな魅力があるのに、今気がついた』とか
『いや~~○○君、営業って仕事はほんと楽しい、楽しいね~~』とかほめ殺し作戦。
そして、あっというまに、中央支店をトップにしてしまう。

しかし、ふと新宿支店を振り返ると・・・・・
新宿支店は元の最下位に・・・・・
『林君、困るよちゃんと教育してくれたの』という経営サイドに
『職場は生ものですから』と答える林さん。

その後、フォルクスワーゲングループにスカウトされ、そこではスピード経営で優秀な経営者となる。
4年後、古巣のBMWに日本支社長のポストで戻ってきてくれと請われた時、
迷う林さんに、逆にワーゲンサイドの人はこう言ったそうだ。
『社長の好きなようになさってください、
社長は自分自身の羅針盤を持っておられる方ですから・・・』

その人間性の素晴らしい林さんならではのエピソードである。

社長の仕事は、一緒にいる社員を幸せにすること・・・・・
暖かい笑顔と良く通る声で語る林さん。

最後に林さんは私たちにこうおっしゃった。
『心を大切にね、心を大切にしてあげてこそ、その人は本当にモチベートされるのよ』
とても素敵な講演だった。

凄いでしょ? 恐らく、林さんは目の前にある物事を信念を持って、確実に誠実にこなしていく事によって、「実現化」していく力を日々養ってきたのでしょうね。

続く・・・

ハンズオンヒーリング・チネイザン 山本ユキホームページ