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2016年8月26日 (金)

今月のエネルギーの学校

山本ユキHP エネルギーの学校

 
 
今月から上のご指示で備忘録を。 
 
 
2016年8月のエネルギーの学校
 
1日目 ・ 「死」について
       一人一人の死生観からブロックを読み解く
       死の向こう側のベクトル
       チベット死者の書のベクトル
       生と死の境界について
2日目 ・ 実習日
        YEメソッド
       自分のハートから相手のハートへエネルギーをとどける実習
       入ってきたエネルギーに対するブロックを解除する練習
       色をとどける
       寒暖のエネルギーの見極め
       優勢なチャクラを見極める  
 
 

2016年8月21日 (日)

トウキョウ 死者の書 7

 
小さな頃、私は祖母と一緒に寝ていました。
 
夜ふと目を覚ますと、
 
祖母が死ぬことを思い悲しくなって涙を流しながら、
 
祖母が息していることを確かめたことを思い出します。
 
小さい頃、どうしてあんなに祖母の死が訪れる事が悲しかったのか、
 
どうしても思い出すことはできません。
 
祖父母の死の時も、
 
期せずして立会い、
 
小さい頃のような感情が湧いてきたかと言えば、
 
ものすごく悲しかったけれど、
 
どこかで受け入れていた感じがあります。
 
いつの頃からか、
 
「死」
 
は、私にとって終わりではなく在り様の変化になっていいました。
 
それは、
 
死の間際にヒーリングをさせていただく機会を頂いたことも大きいようにも思います。
 
 
 
 
あちらへの準備が整うと、
 
上が開き光が降りてくるのです。
 
言い換えれば、ご本人のエネルギーシステムが、
 
肉体のパーセンテージが徐々に少なくなり、
 
精妙なエネルギー体のパーセンテージが上がってくるのです。
 
このタイミングは、人によって様々ですが、
 
このエネルギーに委ねることができれば、
 
移行はとてもスムーズにすすむように思います。
 
よく、脳の機能によって見える幻覚だ。
 
というような話を聞きますが、
 
おっしゃる通り、
 
脳にはエネルギーの変換装置があるように思います。
 
 
 
エネルギーの拮抗によって痛みが生まれ不快感が増しますから、
 
このあたりで「死」への抵抗や恐怖感を手放し、
 
エネルギーに委ねていくことは、
 
その死という門をくぐったあとに、どの様な選択をするかにも関係し、
 
とても大切なことですし、
 
毎日少しづつ、死への移行に向かっている私たちが、
 
認識し、受け入れていけるような環境も必要に思います。
 
 
オーラルヒストリーを学んだ娘が姪に送った本。
 
『死について』原書房 スタッズ・ターケル著 
 
 
   


63人の様々な年齢や職業の方々が死について語っています。
 
 
 
 
その中の外科医の方の言葉。
 
 
「生と死は一本の線ではっきりと分かれているのではなく、
 
しだいに混ざり合ってくるんですよ」
 
 
とても、素敵なキーワードです。 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年8月16日 (火)

トウキョウ 死者の書 6

山本ユキHP エネルギーの学校

 

  

人間のエネルギーフィールドの層のひとつに、
 
ブループリントの座があります。
 
その世界は、非常に精密なラインで構成されています。
 
今回、この不二(あえてそう言わせて!)
 
で感じているラインのエネルギーは
 
その世界観にとても近いように感じます。
 
それが
 
「日本は5レベルの国」
 
と言わしめる所以でしょうか。
 
しかし、これは昨今の日本の状態ではなく、
 
本質のエネルギーの話でしょう。
 
非常に静謐であり、
 
ゆるぎない構造体で構成されている感じなのです。
 
 
 
どうすれば体現できるか。
 
ざっくりいえば、
 
無の状態になり、
 
自分のさまざまな微細なエネルギーシステムの周波数を変化させることで、
 
身体にありながら、
 
様々な領域、次元を感得するという事です。
 
そして、ヒーリングも
 
この周波数を変化させることで自然に起こってしまうものなのです。
 
(多少の訓練は必要ですが)
 
 
 
 
 
そして、 
 
 
 
 
この身体に居ながらにして、
 
周波数を変化させて様々な領域を感得することこそ、
 
今私が知る範囲での、
 
最高の「死のレッスン」
 
だと思うのです。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年8月14日 (日)

トウキョウ 死者の書 5

 
しばらく、間があいてしまいました。
 
父が亡くなって、お別れの会を終え、 
 
翌日から沖縄の御神事に向かい、
 
帰ってきて事務処理を終え、
 
名古屋にセッションに向かい。
 
翌日から、父と毎年訪れた山中湖に来ています。
 
父のエネルギーとはずっと毎日話しているのですが、
 
それとは別に、私の身体のなかの何かが、
 
自分の故郷が消滅してしまったようにバランスを付けることが難しく、
 
しっかりとした身の置き場を探していました。
 
そして富士の麓で、
 
ようやく、しっかりと自分の立つべき場所を見つけたところです。
 
それを教えてくれたのも父のエネルギーでした。
 
 
この地球にはいくつかの精妙なるエネルギーへとつながる場所があり、
 
富士もそのひとつ。
 
もちろんヒマラヤも。
 
しかし、個性が違うのです。
 
精妙さは同じであっても、 
 
その個性ゆえに入口の抜け方が異なります。
 
この不二のエネルギーは唯一無二の一線があり、
 
その一線を辿ればうまく バランスを見つけることができます。
 
反対に言えば、その一線を見つけることの重要さ、
 
そして、難しさとも言えるかもしれません。
 
その一線さえ辿れば非常に安全に行き着くのです。
 
 
 
私が、末席に加えさせていただいている刀禅というお稽古の中で、
 
一線、二線
 
という全体(非常に広範囲の意味で)との調和の中で、、
 
自らの身体の中のラインを見つけ沿わせていくという所作を培うお稽古があるのですが、
 
今回、父の不在による自分の立ち位置の変化に伴うグラつきの中で、
 
薄紙一枚のようなエネルギーの一線を見つけることができ、
 
立ち位置を確立したとき、
 
先生のお稽古の奥にある凄さに気づくことができました。
 
エネルギー体では気付いたものの、
 
肉体レベルでは六年目にしてまだまだ定まらぬダメダメぶりですが、
 
ますます、先生の視点があまりに遠いところにあることに気づき、
 
感動しています。
 
先生のご覧になる世界は果てしなく素敵なところです。
 
 
 
 
さて、私の人生や私のあり方の中で父の存在は構造体であり、
 
母の存在は流動体。
 
父という存在が物質界から消えた後、
 
私は、自ら構造体を立て直す必要があったのです。
 
これは今まで経験したことがなかったので、
 
非常に興味深い体験でしたし、
 
新たに構築した構造体も面白い。
 
いつかまとめてお話しできたらと思います。
 
 
 
新たな構造体でのヒマラヤも楽しみです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年8月 5日 (金)

トウキョウ 死者の書 4

 
名古屋セッション 8月6日15時〜1枠あります。
山本ユキHP エネルギーの学校
 
 
 
父が亡くなってから、毎日父と話をしています。
 
少しづつ、そのことを書いていこうと思います。
 
 
7月に父があちらの世界へと移行する前。
 
父は、それまで私のやっていることにあまり関心もなく、
 
60歳のときに患ったガンのせいで、
 
病と死という恐怖の中で生き続けた25年でしたが、
 
ある時から、見えない世界のことを口にするようになりました。
 
 
 
今年2月、肺炎による一回目の入院。
 
その日は、朝早くレントゲンの検査があるということで、
 
付き添うために私は病院に行きました。
 
今日と同じようによく晴れた日で
 
朝のレントゲンの検査が終わった後、
 
父が「ちょっと人がいないところで話がある」
 
といって、病院の外に私を連れ出しました。
 
朝のスッキリとした空気の中
 
ちょうど座れる高さのコンクリートの石段に腰掛け、
 
「これほど死を身近に感じたことはなかったよ」
 
と父は話しを始めました。
 
喪主は私に任せること。
 
お墓のこと、葬儀のこと。
 
誰に連絡をしたらよいかということをテキパキと指示しました。
 
私は、急に父の口から「死」ということばを聞き、
 
どう父に接してよいかわからず、
 
でも、父が感じている死という重圧を少しでも減らしたくて、
 
「わかった。でも死って怖いものじゃないと思うんだよね」
 
と話したことを思い出します。
 
 
父から預かった案件は、先送りにしたかったけれど、
 
せっかちな父が心配しないように、
 
お墓をどうするか、
 
お葬式はどうするかを指示に従って調べ、
 
後日、父が退院してきた時、
 
母と妹と一緒の時に話してみました。
 
 
退院してすぐにNHKの放送記念日があり、
 
父から「最後かもしれないから一緒に行ってくれ」
 
ということで付き添いました。
 
楽しみにしていたN響の演奏を聴き、
 
「ちょっと挨拶に行くよ」
 
と、アナウンス室に立ち寄り、
 
部屋をぐるりと回り、
 
お弟子さんと話をし、写真を撮って、
 
とても楽しそうに過ごしていました。
 
最後に桜井さんが車寄せまで一緒に付き添い
 
タクシーを呼んで最後まで手を振ってくれる姿を本当に喜んでいました。
 
 
今思えば、
 
父の死のプロセスはその辺りから始まっていたように思えます。
 
 
 
 
 
 
 
ヒマラヤの奥地にガリ・ゴンパという僧院があります。
 
日本からそこへ行き着くには数日を要するような秘境の地です。
 
4月にヒマラヤに行った時、
 
奇しくもその僧院を訪れました。
 
そこは、『チベット死者の書』という埋蔵経が見つかった場所です。
 
『チベット死者の書』は、
 
人の死の間際から49日までの死のプロセスのことが描かれているお経です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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