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2016年6月22日 (水)

トウキョウ 死者の書 3

 
 
「死後の世界」
 
は、若い頃は身近なものとしての実感は全くありませんでした。
 
ある日、ある出来事があった時、
 
それは、隣にあるものだということがなんとなく実感できたのです。
 
 
 
もう20年近く前のことなのですが、
 
催眠療法を習っていた時の何期か下のクラスにKさんという女性がいました。
 
彼女は、私よりも20歳は上の方で、
 
バリバリと仕事をこなすしっかりとした方でしたが、
 
親しくお話しすることもなく、挨拶を交わす程度でした。
 
ある日「そういえば、Kさん亡くなったんだって」
 
という話が耳に入りました。
 
その後、何日かして肩コリではない肩の重みを感じ始め、
 
なんとも言えない心地悪さがなくなりません。
 
整体に行っても良くなりません。
 
「あなたが聞かなきゃダメみたい」
 
と、菩薩行をしていた知人に言われ、
 
仕方なく意識を向けてみると・・・
 
とサラッと書きましたが、
 
ワタクシは、見えない世界に足を突っ込んでいるのは、
 
現実世界で上手くいかない敗者だと思っている傲慢な人間だったので、
 
耳を傾けるまでに多くの葛藤がありました。
 
でも、耳を傾けたくなるくらいの居心地の悪さだったのです。
 
すると・・・
 
「Kです」
 
と仰います。
 
ピンときません。
 
すると、
 
「催眠療法でご一緒したKです」
 
とのこと。
 
あまりに疎遠な方だったので、
 
少々不機嫌になるワタクシ。
 
交信を切ろうとすると、
 
「頼みがある」
 
とのこと。
 
聞いてみると、
 
札幌の友人(催眠療法のクラスメイトの女性)に連絡を取ってほしいとの事。
 
「存じ上げません」(きっぱり)
 
と、申し上げましたが引く気配なし。
 
本当に存じ上げなかったのですが、
 
知人を3人ぐらい通してやっと電話番号をゲットし、
 
電話すると、
 
「実はKさんが亡くなる前喧嘩をして物凄く心残りだった」
 
との事。
 
「今、Kさんここに来ています。ユキさん感謝します。ありがとうございます(涙)」
 
なんだ、そういうのが見える人ならば直接やってよ〜。
 
と腹を立てたワタクシでしたが、
 
大人の事情があったのでしょう。
 
そして、その時の向こう側の世界にいたKさんは、
 
当たり前のように私の耳元や北海道のご友人の方と会話し、
 
決して離れた感じはしなかったのです。
 
でも、その後気持ちの悪い重さを二度と味わいたくないので、
 
あちらからのご要望には一切、
 
『NO』
 
とお断りしています。
 
もちろん
 
これからも一切この手のご要望にはどんなに頼まれてもお答えすることはありませんので、
 
個別のメールとかしないでください!
 
というくらいアストラルの周波数が嫌いです。 
 
 
 
しかし、すぐ隣にある、
 
いえ、重なっている世界がここにあることを身をもって実感することができました。
 
見えないけれど、
 
いくつもの世界がここには重なっているのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年6月16日 (木)

トウキョウ 死者の書 2

 
 
人間にとって、
 
一番の恐怖は「死」に他ならない。
 
なぜなら、
 
誰もが必ず通り抜けなければならない扉だけれど、
 
こんなに医療や文明が発達した時代であっても、
 
死を先延ばしすることはできたとしても、
 
それを避けることはできない。
 
現代人は、「死」の恐怖から目をそらすために、
 
その恐怖心を麻痺させようとする。
 
 
 
しかし、
 
もしも私たちが物質的な肉体だけでなく、
 
エネルギーの身体を併せ持ち、
 
「死」
 
とは、肉体的な身体からエネルギーの身体への移行だということに気づいた時、
 
「死」
 
は、決して恐ろしいものではない。
 
 
 
 
大きな挑戦をするときには人は練習を積む。
 
ダイビングでも登山でも。
 
試験の前にも勉強をする。
 
物質に偏った現代社会以前の場所では、
 
「死」
 
はもっと身近に存在していたし、今でも身近なものである。
 
文明は「死」を見えないところに、押しやってしまった。
 
しかし、どんな方法でもそれを完璧に回避することができないのであれば、
 
その人生最大の冒険に向けて、しっかりと向き合っていけば良いのだ。
 
そして、その移行がスムーズになるように日々準備を始めれば良いのだ。
 
 
 
 
 

2016年6月14日 (火)

トウキョウ 死者の書 1

 
 
 
眠りにつくとき、
 
仰向けになり、
 
両腕と両足を均等に軽く開き、
 
手のひらを上に向ける。
 
呼吸に意識を向けながら、
 
ゆったりと身体のチカラを抜いていく。
 
そして、丁寧に眠りの中に入っていく。
 
一呼吸ごとに、
 
呼吸の質が変化し、
 
こちらの世界とあちらの世界の狭間へと入っていく。
 
それは小船が波間を揺れるように、
 
通常の意識と、
 
物質を超えた意識の間をゆったりと行ったり来たりする。
 
狭間に恐怖を持ってはいけない。
 
そこにしがみつけば、
 
行かれるところは決まってしまう。
 
私たちはただその狭間に存在するエネルギーに身を委ねる。
 
そして注意深くその状態を感じていく。
 
ひとつひとつゆっくりと。
 
 
 
 

2016年6月11日 (土)

エネルギーの学校と魂の蒸留

 
 
みなさま、ごきげんよう。
 
マウイのジャック蒸留ワークショップから戻ってきました。
 
今回は、エネルギーの学校の貸切状態という贅沢な機会でしたから、
 
皆、リラックスして楽しくも濃密な日々を過ごしてきました。
 
 
 
さて、私がエネルギーの学校を始めてからおそらく9年の歳月が経とうとしています。
 
最初は、チネイザンで一緒だったヒロヒロが、
 
「ユキさんのやっていることを教えてください」
 
と声をかけてくれて始まったこのクラス。
 
当初、クラスの名前もありませんでしたが、
 
いつの間にか、みんなが
 
『エネルギーの学校』
 
と呼び始め、
 
それが正式名称になったのは、
 
面倒くさがりの私らしく、
 
とても気に入っています。
 
 
 
 
最初は顕教的な要素が強く、
 
知的好奇心をくすぐるようなクラス構成。
 
その後、密教的な要素に移行し、
 
そして、沖縄の師匠に巡り合ってからは、
 
クラスの流れが上に全託され、
 
「自分」という枠組みをいかに外して全体と一体になるか。
 
という流れになってきました。
 
もともと、興味のある人たちが集まってきて始めたクラスですから、
 
卒業も自己申告。
 
自分でOKと思ったら申し出てください。
 
ということです。
 
ゆるゆるしているようですが、
 
実は厳しい(笑)クラスです。
 
だって、誰がどの程度のところまで来ているかは、
 
全員がわかっちゃっているからごまかせないのです。
 
 
 
 
今回、ジャックの蒸留道の話を聞いているうちに、
 
エネルギーの学校でやっていることは、
 
内なる蒸留なのだ。
 
ということに気づきました。
 
 
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タンジェリンを輪切りにしてそのまま蒸留しているのを見て、 
 
(自分が柑橘類を蒸留するときに)
 
皮だけで蒸留していたので、
 
「私は皮だけで蒸留していました。」
 
と、申し上げると、
 
「確かに、皮の中にオイルは入っている。
 
でもね、僕は成分を取り出しているのではなく、
 
植物の魂を取り出しているんだよ。」
 
うーん! 
 
深すぎる言葉に目頭が熱くなる私。
 
「見てごらん、この蒸留器を丸いだろう?
 
これは地球なんだ。
 
そうデザインしたんだ。
 
水蒸気蒸留は、植物に圧力をかける。
 
蒸留する植物たちに地球以上の圧力をかけると、
 
植物の持つ生命エネルギーを破壊してしまうんだ。
 
ハイドロ蒸留では、水の中にすべての生命の要素が入り、
 
太陽の光が当たり、 
 
蒸気になる。
 
そこには、すべての命を運ぶ粒子が入っている。
 
地球だってそうだろう?
 
太陽が地球の水をあたためて、
 
水蒸気があがる、
 
そして、風に吹かれて冷たい空気にあたり、
 
地球のエッセンスである雨になる。 
 
そして、また大地へと還っていく。
 
水蒸気はエッセンスであり、生命力なんだ。
 
 
蒸留の芸術は、地球の芸術でもあるんだ。
 
ただ、自然を学び、その一部をいただくのではなく、
 
人間が息を吹き込む事により、芸術になるんだよ。」
 
 
あぁ〜!
 
だからこそ、あの精油が生み出されたのですね(涙)
 
 
 
 
その後、
 
ジャックのデザインした蒸留器についてのレクチャーが続きました。
 
本当に錬金術なのです。
 
 
ジャックは蒸留が始まると、
 
片時もそこを離れず、
 
ガラスの丸い蒸留器の中で植物のリズムが途絶えないよう、 
 
細心の注意を払って温度や圧力を調整します。
 
 
そして、
 
ジャックは水(イアオ渓谷のもの)
 
と植物とのやり取りの芸術を知り尽くしているのです。
 
だからこそ、
 
フラワーエッセンス的な役割をも果たすオイルになるのでしょう。
 
 
 
誰に教わったわけでも、
 
本で学んだわけでもなく、
 
自然と語り合いながら試行錯誤のなか、 
 
作り上げられたジャックの蒸留システムは、
 
まさに「神聖」の宿るシステムなのです。 
 
 
 
 
とあります。
 
この時は、オイルの蒸留にしか思いが至らなかったのですが、
 
今回、メンバーが香り聴きをしている様子を見ていると、
 
「あぁ、エネルギーの学校は私たち自身を蒸留するシステムなのではないだろうか」
 
と感じました。
 
それぞれが未だ気づいていない 自らの魂のエッセンスと精油が呼応しているのです。
 
 
 
 
材料は、まずイアオ渓谷の水にしばらく浸されます。
 
そして、そこに植物のエッセンスが解き放たれます。
 
次に、火をつけ丸いビーカーの中で植物たちがそれぞれのリズムで踊り始めます。
 
やがて、熱されたエッセンスは水蒸気になり、
 
上へ上へと登っていきます。
 
コンデンサーに冷却装置から冷たい水が送り込まれ、
 
急激に冷やされた水蒸気は、
 
美しく香り高いハイドロゾルや精油となります。
 
 
 
植物はそのままの形から水の中すべての要素を解き放つ時、
 
その植物の物質的な形を脱ぎ捨てます。
 
そうして解き放たれた時、
 
水蒸気となります。
 
人間にとって『自分』という物質的な枠組みを手放すことはとても難しいです。
 
構築した自我を見つめていく必要があるからです。
 
そして「自分」という枠組みを越えるために、
 
人によっては熱される必要があったり、
 
水に解き放つ必要があったりと、
 
様々な難しい行程があります。
 
知識をつけて賞賛されることも、
 
イメージを作り出して賞賛されることも、
 
それは、自らのエッセンスを解き放つのとは反対の方向にあります。
 
自らを解き放つ勇気以外、何の役にも立ちません。
 
そして、月に一回のクラスをコンスタントに続けていくこともに意味があります。
 
エッセンスを解き放つまで、
 
絶やさず火を燃やし続ける必要があるのです。
 
それを経て自分を解き放てた時、
 
水蒸気となり、上へと上昇し、
 
ここでまた冷やされ、
 
自分を超えた魂のエッセンスが生み出されるのです。
 
自分という物質的な枠組みを超えた無限のパワーを持つ、
 
自らの魂のアートなのです。
 
 
 
こうしてみると、私が蒸留を始めたことも単なる偶然ではなく、
 
このシステムを学ぶことによって、
 
短いスパンでは見ることのできない、
 
大きな魂の蒸留システムを知ることができるのです。
 
 
 
すべてに偶然はなく、
 
美しく織り合わされたブループリントなのです。
 
 
 
私たちは自らの魂のエッセンスを蒸留するアーティストなのです。
 
そして、エネルギーの学校は
 
「魂の蒸留装置」
 
なのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016年6月 3日 (金)

ジャック蒸留みんなで行ってきます(^^)

 
 
 
さて、ジャックの蒸留ワークショップに行ってきます!
今回は、エネルギーの学校メンバーから12人ご一緒して、貸切贅沢ワークショップです。
 
新たな蒸留器が入ったようなので楽しみですsun
行ってきます💓

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