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2013年8月31日 (土)

プレゼンス 3

24時間、

「プレゼンス」と向き合う贅沢な時間。
 
そして、
その中から生まれてきたものは、
エネルギー体で存在する、
「プレゼンス」
のエネルギーだった。
 
その「存在」が部屋の中に現れた時、
ただただ涙が溢れて止まらなかった。
 
しかし、この時、
「存在」
まだ外側に顕現しているものだった。
 
その存在は、
一本そして、もう一本。
と、3本のオイルを選んだ。
そこにミカエルの魔法が加わり、
ブレンドが出来上がった。 
 
帰り際に、
そのブレンドを少し分けてもらい、
翌日のクラスの時、
皆にその香りを味わってもらった。
瓶から立ち上ってくる香りをかぐだけ。
 
たった、それだけなのに、
何かが変化した。
まるで、秘密の暗号がカチッと合わさって、
扉がギギーッと開くように、
みんなの中の何かが開かれ始める。
 
週末のクラスの際にも、
その存在はそこにいる。
そして、またオイルから立ち上る香りとエネルギーは、
何かをカチッと外して、
深い部分から顔を出す自らの中の神聖と向かい合わせてくれた。
 
 

2013年8月29日 (木)

プレゼンス  2

朝になると、
何故だか日本から持参したくなった画材を使い、
ひたすら絵を描いた。

当初は、ミカエルにブレンドを作ってもらうべく、
それを分かりやすく伝えよう!
と、思い、
「子宮」
をテーマにした絵を描いていた。

しかし、
夜になり、
深い静けさの中で神聖な所に向かい合っていると、
前日に「完成。」
と思っていた絵に更に描きたしたくなって朝を迎える。

ご飯を食べる、
絵を描く、
ご飯を食べる、
絵を描く、、、

書き足していくうちに、

だんだんと、思考を離れた所に
エネルギーが向かい、
黒い画用紙の中にどんどん引き込まれていき、
絵のテーマも変化してくる。

絵の中に中に入っていくと、
そこに浮かび上がってきた。
「プレゼンス」
最終的に絵の中から
生まれてきた言葉。
絵の中から顕現してきたエネルギー。

ただ、自らの神聖の中で時を過ごす事。
誰の中にも存在する、
「神聖なる自己。」

それは、内にも外にも無限に広がっていく。

Image_3

 

山本ユキHP エネルギーの学校・脳のヒーリング・内臓のヒーリング(気内臓)・NES

 

2013年8月28日 (水)

プレゼンス 1

話が前後しますが、

どうにかニューアークからモントリオールまで辿り着き、
ミカエルの所に。
 
前回と同じくモニークさんのお家に滞在させてもらえる事になり、
大好きな親しみ深いお部屋に。
 
沖縄からの流れの中で、
波はまだおさまっていない。
大きな流れの中にいて、
自分の位置が分からないまま、
ただ、波に飲まれないように、
自分の中心を保ち続ける。
 
前回もそうだったけれども、
午前2時半に目が覚める。
 
今回は、決まったスケジュールもなく、
「寝ておかなければ!」
という事もなく、
沖縄から持ち越してきたエネルギー、
自分の立ち位置、
全体の中で何がどうなっているのか?
ひたすら内省に時間を費やした。
外が白々と明るくなってくる頃まで、
深い静けさは神聖な部分に向かわせてくれる。
 
ここに来ると、バウンダリーを意識する事があまりない。
人との境界線もそうだけれども、
見えないエネルギーの観点からいっても、
広げたいと思えばいくらでも広がっていく。
それが無理なく出来るのは、
この広い大地のせいでもあるかと。。。
やはり、日本は限られた島国である事を痛感する。
(だからこそ、見えてくる世界も大いにあるけれども。)
 
 

2013年8月27日 (火)

風呂での会話 3

なるほど、

そういえば、根本的な想念自体が、
自分をそうなる様、作り上げているのだわ。
 
しかし、
これは非常に難しい。
非二次元の世界は、
概念としては入ってくるけれども、
生活全般、
生き方全般を一次元に持っていかなければならない。
 
全想念の入れ替え作業が必要!
私たちは、
「もっともっと頑張れ!」
と、生きてきたからこそ、
今があるから。
 
「まだまだ〜!」
と、自分に言いきかせながら、
更なる目標に向かってきたから。
 
しかし、
その
 
「道具」
 
では、
この先、いきたい所には到達できない。
 
これが、この夏山中湖でやっていた事だけれど、
東京に戻ってどこまでこのままでいられるかしら。
 
この一年の一連の行の
終着点が徐々に見え始めた。
 
 
 
 
 

2013年8月26日 (月)

風呂での会話 2

その声は、
続ける。
「あなたの身体は神からの預かり物であり、
すべてが完璧です。
あなた自身が、
その身体に対する想念を持ち続けているのです。」

「私が愛するのと同じように、
あなたが自らの肉体を愛することです。」
 
これが、言葉だけだったら、
私も、
「フン、綺麗事さ!」
と、一笑にフシテイタだろうけれど、
ウットリする様な愛の波動が全身、
いや、エネルギーにまで染み渡り、
その完璧な愛に、
ポロポロと涙が溢れる。
 
これほどまでに自分の身体を慈しんだことがあっただろうか。
いや、無かったです。。。
だって、身体に目を向ける時は、
上手くいってない時が多いから。

「こうなればイイなぁ。」
とか、
「頑張っているよね。」
「疲れているね。」

 
が、前提。

 
そう言われてみれば、いわば、

「自分の身体がパーフェクトではない!」

から入っているから。

 

2013年8月24日 (土)

風呂での会話 1

その具合の悪さは、
沖縄に行くと必ず起こる例の感じと同じもの。
しかし、説明しようにも具合が悪く口も聞けない私には、
両親に説明する気力もなく、
両親は、
「熱中症だ。」
と、その対策をしてくれた(。-_-。)
   
目を向けるベキことに目を向けないと、
こういうことが起こるので、
重々反省して、やるべき上のことをやりますと、
治りますの。

さて、山中湖での一番好きな場所は、お風呂。
大きな一面の窓からは、
湖越しに山の稜線が美しいカーブを描いている姿が一望できる。
だから、暇さえあればお風呂に入っているのだけれど、
一日の最後のお風呂の時、
それは始まった。
すでに窓の向こうは真っ暗で、
窓に映るのは自分だけ。

ここに来て、自分に
「ある修行」
を課しているのだが、
その日、それがどうも上手く進まなかったなぁ。
と、ボンヤリと自分の顔を見ながら思っていた。

すると、
「ユキ、
私以上にあなたの身体を愛しているものはいない。」
と、曰う声が。

窓越しの私の姿にオーバーラップするように、
声の主がいる。

私と言えば、私。
私〜?
いや、見た目はそうでもない。

実は、
「どうして、すべてが完璧であるのならば、
3月の娘の卒業式の時に転んだ傷治ったけど、痕が残るのかしら〜?」
と、考えていた。

 

2013年8月22日 (木)

石割神社

そろそろ外に出たくなってきたので、
石割神社に。
もの凄く気軽に考えていた私たち親子。
父が、
「後から、行くよ。」
と言い。
私は、
「OK!後でね〜。」
と、一歩先に出かけました。

麓のcafeでラムレーズンパフェとか食べて、
ご機嫌な感じ。

鳥居まで来ると、
まず、人がいない。
そして、鳥居の中を見上げると、
先が見えない階段。
「403段あります。」
と、但し書きがあるのですが、
「403段。」
に実感のない私。
迷うことなく登り始めます。

Image

鳥のさえずりと、風が木々を揺する音だけ。
人影はありません。

Image_2

ところが、スタスタ登れなくなってきたあたりで、
一人のご夫人がヘタっていらっしゃいます。
どうやら、リタイアされたご様子。
元気なお子様が、階段を駆け下りていらして、
二人して階段を引き返して行かれます。

でも!
負けず嫌いな私は、
こんな事では挫けません!
と、登り続けるのですが、
登っても登っても先が見えません〜。

下を見ても、

Image_4

先が見えず・・・

やっとやっと、階段が終わったと思ったら、
そこから、また山道〜。
気圧がどんどん変化して行くのがわかります。

しかも、誰もいない。
山道の両脇からは、たまにガサガサと音がして、
「何かいますよ〜。」
と、言っています。

この辺りで、
ショウヘイに
「来るのをやめた方が良し!」
と、電話を入れる。

どこまで登るのでしょう?
と、何度目かの休憩を取ろうかと思うと、
桂のご神木。
このご神木の後ろにあるお釜石。
このお釜の形をした石から水が湧き出て、
山中湖の水の源である数百キロメートルに及ぶ相模川の
源流であり、その上流の桂川の名前の由来だそうです。
古くは、干ばつの際は、この場所で雨乞いの儀式を行ったそうです。

Image_5

さて、その奥にやっと。。
石割神社。

「石」
という字にみえる巨石がご神体です。
とにかく、誰もいないので、
なんだか不思議な世界に入り込んだ感があります。
聞こえてくるのは自分の荒い呼吸。

Image_6

天の岩戸伝説という文字もあります。

Image_7

巨石の隙間を三回くぐるとご利益があるといわれています。

Image_8

この位から、大脳辺縁系のあたりがフルフルし始めます。
これは、先日カナダのネイティブの方の熊の爪と関節のネックレスを
かけてもらった時に感じたものと同じようなフルフル感。

一息ついて、帰り道。
あの長い階段は膝に良くないような気がしたので、
山道を下る事に。
もちろん誰もいません。
しかも、
「誰かいますよ〜。」
という音は、たまに聞こえます。

シュルシュル〜。
と、足下に何かが通り過ぎます。
2メートルほどの美しい蛇ちゃん!
疲れも吹き飛ぶ美しさ。
シャッターを切るまでポーズを取ってくれます。
目がかわいい!

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こちらの道から帰ると、
そこには石割温泉が!
うれしい〜。
富士山氷でのどを潤します。

Image_10

しかし、この夜から
またもや、あの具合の悪さがやってくるのでした。。。

 

2013年8月19日 (月)

富士山 2

こうして毎日ユルユル過ごしているのですが、
ここでも素敵な出会いが日々やって来ます


写真家の大山先生。
先生の作品とは知らず、
友人に送る絵葉書として、
選んでいたり、
あまりに美しい富士山の写真を購入していました。


とにかく、富士山に魅せられ、
火口まで降りてしまったという強者。
あらゆる角度から写し出す富士山の姿は、
本当に
「語って。」
います。

先生の富士山にまつわる不思議話は尽きない様で、
魅せられてしまうのも、
無理はない。
と、しみじみ思います。

最近の異常気象が富士山に及ぼす影響や
沖縄辺りに台風がやってくると、
山頂にかかる雲が変わるので、
直ぐに分かる。
と言った現実的なお話から、
数々の神秘体験まで!

凄すぎます!

「なぜ、富士山なのですか?」
の、問いに。
「神界がここにあるんだよ。」
との、深い一言。

是非、神界に繋がる
先生の写真を一度ご覧ください。


Image


2013年8月17日 (土)

富士山

毎年恒例、

避暑にきている両親のお世話に山中湖滞在です。

と言っても、掃除をするくらいで、

何もすることはないのですが。

 

昨年は、非常に調子が悪く、

NESでも真っ赤な状態で山中湖入りしたことを

懐かしく思い出します。

一年でこんなにも人生が変わるものかと、

本当に驚きつつ、

今あることに感謝し、

大いに楽しんでいます。

 

2時半に起きて、ご来光を見に行きました。

富士山は間近でも、遠目でも本当に愛おしく素晴らしく。

太陽が昇り始め、山肌が紅に染まり始める姿は気が遠くなるほど

猛々しく美しいです。

 

木々が放つ圧倒的で若々しく密度のあるエネルギーの中、

毎朝運動に出るのですが、

富士山の懐に抱かれながら、

ふと、そのエネルギーに同調していると、

ついつい朝食の時間を逃してしまいます。

 

ということで、

東京に戻るのは月末になります。

Image

「image.jpg」をダウンロード

神人とユタ 12

その後、相撲、綱引きと御神事は夜中の3時近くまで続くそうです。

師匠は、最後に、
「ウチのモノ達にもね、
『今度は、あんた達も参列しますよ。』
と、言いました。」
そして、
「また、来て下さい。
待ってますよ。」
と声をかけてくれました。

 

あの日からずっとずっと私の中で、
様々な思いが交錯しています。
今まで伺った時とは違う、「重み」があります。

伝統の中で培われ、
大切に大切に守られてきた中に足を踏み入れさせてもらった事。

その背景には、
沖縄という場所を強者が搾取し続けた歴史があり、
「歓迎」という感情には、
中々なり得ない人々の痛みがある事。

 

その大きな二つの流れが重なる場所が、
私の人生の中で訪れ、
それが、針の先ほどの偶然の上に成り立っている事。

 
そして、先生との出会いがきっかけとなり、
次々と新たな波動の世界への扉が開かれ続けていること。

2013年8月11日 (日)

神人とユタ 11

御嶽での御神事を終え、

ご実家に戻られても、
沢山の来客者の方に一人一人対応される先生。
ご迷惑にならないように、
私たちは、近所のショッピングモールに涼みにいきます。
 
夕刻からも御神事は続き、
ご実家のお庭に3本の大きな旗が立ちます。
Img_0421
Img_0415
この際にも、この地域の長老から今時の若者までが先生の指導の元、
御神事を進めていきます。
この旗のデザインは、
先生が神さまと打ち合わせしたものを、
画家の方に説明し、
デザインを起こし、造り上げた物だそうです。
無くなりかけていた伝統を、神さまとの協力体制で、
元の形に戻すという、本当に凄いお仕事を成されています。
 
一つ一つの作法や物の背景にある神聖を形骸化せずに、
掘り起こしていく。
大切な事です。
真の意味が忘れ去られ、
形骸化された物は、
次第に簡略化され、忘れられてしまいますが、
そこにある、真の意味が分かれば、
それを簡略化してしまうことはあり得ない事に、
誰でも気づく事が出来ます。
 
旗を前に先生や役職に就く方々が坐られ、
その後ろに坐らせていただきました。
そして、先生が神さまにご挨拶なさいます。
その中で、東京から行かせてもらった私たちの事まで、
ご紹介くださっています。
本当に恐縮です。
その後、神さまの言葉が先生に下りますが、
その圧倒的な迫力は、
その場を揺るがすほどの物で、
ユタやチャネリングなど、伝統に基づかない見えない世界と、
伝統やその地域の人々の生活を導く背景のある見えない世界とでは、
天と地ほどの差がある事は、
その場にいた誰にも明らかな事と思います。
だからこそ、地域の老若男女は絶対的に先生の言葉についていくのでしょう。
 
 

2013年8月10日 (土)

神人とユタ 10

いよいよ御神事が始まります。

 
8つの地域の代表の方々がそれぞれの地からお持ちになった、
ビンシーと言われる、「実印」と同じように
代々受け継がれる大切な容器に、お米とお神酒を入れた物と、
Th_binsi
重箱にお米を9合入れた物を神さまの前にそれぞれ8つ並べます。
「今日は、きちんと9合計りましたか?」
と、先生が代表の方に尋ねられます。
「はい、今回はきちんと計ってきました。」
と、代表の方。
前回は、
「多い人や少ない人がいる。」
と、神さまからご注意があったとの事。
そう、神さまはいつでも見ていらっしゃるのですね。
 
そして、その他にも、
8つの入れ物に「神さまのご飯」と言われるお神酒。
大きなポリバケツの中に、「デンス(お神酒)」を入れて。
笹の葉のような葉で奇麗にその蓋に封印した物が、
用意されます。(とても重い物を男性二人が運んできました。)
(この「神さまのご飯」を器に入れる担当者も
誰でも良いわけでなく、決まっていて、
とても重要なお役目です。
デンスは戦前までは、
若い女性が生米を噛み砕いた物を発酵させて作っていたそうです。
 
朝、昼、夜と3回、デンスを器に入れ直し、
それを繰り返します。
 
そして、その御嶽が終わると、
次の御嶽、そして、また次の御嶽。
と、4カ所の御嶽を廻ります。
 
真夏の炎天下、
ただでさえ暑い中、
先生は、何枚も重ねた神衣装。
そして、80を過ぎたご高齢。
大変なお務めです。

2013年8月 9日 (金)

神人とユタ 9

また、沖縄の歴史は、けして安穏なものではなく、

私が知る限りでも、
時の権力者たちに搾取され続けてきました。
師匠は、同じ日本とはいえ、
いつも、「本土」と「こちら」という表現をなさいます。
 
 
先生の手を取りながらの
この「殿リシチ」までの上り坂、
階段が少し崩れています。
「先生、足下に気をつけて下さいね。」
と言うと、
「この下にね、日本軍が防空壕を作ったの。
下は空洞だったからね。
だからね、どうしてもこうして崩れてきちゃうの。
来年はもっと崩れるかもしれないね。」
と、ゆっくりと階段を上りながらサラリとおっしゃいます。
お宅にも日本軍が入り、
ご実家では、お家の人は皆、
お台所で生活なさっていたそうです。
 
まるで、物のように
あちこちに搾取されてきた歴史をくぐり抜けていらしたにもかかわらず、
そこには、それに対して
「当たり前に生じるであろう感情。」
が、まったく感じられません。
 Th_img_0824
そして、
「山本さん、
本土でね、忘れてしまっている神さま事をね、
私があなたに伝えますよ。
あなたの手を引いていきます。
元はね、こちらも本土も同じ神さまなんですよ。」
と、惜しみなく神さまの事を教えて下さいます。
 
 
 

2013年8月 8日 (木)

神人とユタ 8

 
何枚も重ねられた神衣装の一番上に羽織られている、
白い衣は、
この地域の方々が畑仕事等の合間に、
ひと針ひと針誰に言われるでもなく、
入れられて出来上がったものだそうです。
Th_img_0819
「山本さん、
神人というのはね、
その土地の人の上に立てる人でなくてはなりませんよ。
みんな見てますからね。
だから、自分を律してしっかり生きないと行けません。
これがユタと違う所です。」
 
地域全ての人の上に立ち、
神さまとの交流をする役割を担う
神人の役割を担う重みを感じるエピソードです。
 
御嶽の前に師匠が座られていると、
だんだんと、村の代表が集まってきます。
毎年、代表が代わり一年間このお努めをする習わしだそうです。
「何も分からない状態で始まり、
(先生に)教えてもらった事が
ようやく分かってきた頃お役目が終わる。」
というようなお話を代表の方がされていました。
 
 
私たちが参加するにあたっては、
師匠から前もってご神事に参加される方にお話くださっていたようなのですが、
先生のご親族ですら参加された事のない、
この貴重な場に、共にいさせていただく事の重みを、
その場でも、そして、今でも感じています。
 
 
 

2013年8月 7日 (水)

神人とユタ 7

彼女が運んできてくれたのが、

Th_img_0413
この氷入りの、発酵していない甘酒のような飲み物。
6月のウマチーリシチには欠かせない飲み物のようです。
これを飲むと、身体の熱を下げる効果があると仰っていました。
さっぱりとして甘さ控えめの美味しい飲み物です。
(後の、ご祭祀の折に、
神さまに捧げる器の中に入れられるものは、
同じもののように見えました。)
 
6月のウマチーリシチとは、 
稲大祭(初穂を神にささげる稲の収穫感謝祭)豊作に感謝
 し、村落及び門中の繁栄祈願。
その地域を上げてのとても大きなご神事の様です。
 
師匠と弟さんの席に私たちも着くように促され、
「12時から始まるからその前に。」
と、次から次へとごちそうが運ばれてきます。
ふと気づくと、
お料理を用意して下さったご家族は、
お台所でお食事を取られています。
土地のものでもない私たちが、
上席に付き、ごちそうを頂く事に、
本当に申し訳なさを感じると共に、
身の引き締まる思いがします。
 
食事の後、
「御嶽で言葉があるから。」
という事で、師匠と弟さんに着いていくと、
三十三御嶽の前で、
また直々に神さまから言葉をいただきます。
 大恐縮・・・
 
さて、師匠がご祭祀の為にお着替えなさって、
殿リシチに向かいます。
Th_img_0810

2013年8月 6日 (火)

神人とユタ 6

翌日は、いよいよご神事の日。      

 
早朝に、南に向かいます。
 
先生は、
「今回、山本さんは『神人とユタ』の違いを学びにきましたよ。
明日、それが分かりますからね。』
というような事を仰っていました。
先生から「概念としての。」神人とユタとの違いは教わっていましたが、
概念を超えた「何か。」とは、何なんでしょうか?
 
早く着きすぎたので、
まず、それぞれの御嶽にご挨拶に行きます。
御嶽は一カ所ではなく、
その地域の其処ここに点在しています。
しかし、いずれも打ち捨てられた様子はなく、
この地域の方々が御嶽を大切に守ってきている様子が伺えます。
 
時間になったので、
先生のいらっしゃるご実家に向かいます。
先生はじめ、
先生の弟さん(弟さんは、
数年前斎場御嶽の麓のお家でお目にかかっています
から、久しぶりの再開。)
ご一族とご挨拶します。
 
祭壇には、数々の祭祀の為のお供物が用意されています。
このお供物もだんだん本物を用意出来る人が少なくなっているようで、
伝統を残していく為に、
先生は、自費出版で本を作られています。
Th_img_0412
Th_img_0426
Th_img_0410
一つ一つのお供物に意味があり、
一つ一つの並べ方に意味があり、
その一つ一つをその家系の女性達は先代から紡いできたそうです。
お台所では美しく知的な中2のお孫さんが既にお手伝いをしています。
こうして、小さい時から行事に携わっていく事で、
この祭祀の意味や背景を学んでいくそうです。
 

2013年8月 5日 (月)

戻りました

早朝4時半に着きました。

エアーカナダのニューアークでのキャンセル&放置が身にしみている私には、
ANAの素晴らしい仕事っぷり、
機内で観た「42〜世界を変えた男」で号泣。
早朝ながら、ご機嫌な帰国です。
 
しかし、沖縄、カナダと続けてグイグイ。
もはや、モトには戻れない状態。
アリエルが海上に上がるがごとく。
 
沖縄にしてもカナダにしても、
大きな愛がテーマでしょうか。
 
「神」
恐るべし。
でしょうか。
 
明日はクラス。
マニアックな内容です。
テーマがありすぎて、
どこから始めようかと思案中です。 
 

2013年8月 2日 (金)

神人とユタ 5

 
 

今朝の具合の悪さも御嶽に着いた途端にスーッと消え、

またしても、沖縄の濃密なパワーは これでもか! と、
見えない世界を目の前に突きつけてくれます。
 
さて、斎場御嶽。 数年前に師匠との出会いがあったところです。
麓のお家でお茶とお昼をご馳走になりました。
一度ご挨拶に伺いたいと思っていましたが、
機会がなかったので、ちょっと寄ってもらいます。
 
伺うと、お嫁さんらしき方が出てこられてご挨拶すると、
ご主人は七年前に亡くなられたとの事。
歳月を感じながら、 ご挨拶させていただきました。
 
斎場御嶽は、非常に混んでいます。
駐車場も一杯だし、 ゆっくりお参りできるかしら? と、
思いつつ中に入ります。
 
拝所に着くとザワザワとしていますが、
前の方が終わるまで待ち、
喧騒に呑まれず、 意識を変えて、
前に立たせていただきます。
 
ここで師匠にお目にかかり、
今があることなどご報告し、
ご挨拶させて頂きます。
 
すると、不思議な事に周りが静まり始めます。
 
近くまでおしゃべりしていた人も、
波動の変わったことに気づき始め、
見えない世界の波動が濃くなっていきます。
察することができるか、できないかは、
見えない世界の知覚を広げるためには必要不可欠です。
 
日本人は本来、察することのできる民族だったと思います。
しかし、昨今の文明的な生活は、
察しなくても良い環境にいくらでも逃げ込むことができます。
勿体無い事です。
 
最後の拝所は非常に混んでいたので、
メンバーに 自分のタイミングでお参りするように勧めます。
それぞれがタイミングを見てお参りしています。
 
タイミングとは?
これがわからない人も多いと思いますが、
特にエネルギーの濃い沖縄では、
自然が様々な事象をもって、
それを教えてくれるのです。

2013年8月 1日 (木)

神人とユタ 4

その後、ぬちまーすの施設でランチ。

この上にも御嶽があります。
この景色の素晴らしいこと!
今回の沖縄の旅の中でダントツの絶景ポイントでした。
後で、聞いた所によると、
ここは龍の頭になるそうです。
だからちょっとフラフラします。
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この美しい海でも、大神島の遠見台でも感じましたが、
八百万の神と人間との関係。
海から上がってきた八百万の神と人間。
この事を再考しなければならない転換期なのだと思います。
八百万の神、人間の故郷である海。
だから人間の体液は太古の海とリンクしたのでは?
この海を、原発事故以来侵害し続けている事を他人事ではなく、
考え、行動していかなければなりません。
 
八百万の神の祭祀は、
人間が自らの中に自然のエッセンスを持ち、
八百万の神と共に海から上がってきた生き物なのだという事を
思い出す事なのではないか。
と、ふと思いました。
 
 
 

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