2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
フォト
無料ブログはココログ

« 沖縄からサバトへ 13 | トップページ | サバトから沖縄へ 2 »

2013年3月 7日 (木)

サバトから沖縄へ 1

 
ただいま〜。
一回目の沖縄で頂いたものに関して、
ヒントがない状態でのひと月は、
とても中身の濃いものになりました。
 
私は、自分の外からの働きかけで何かが起こったとしても、
それを自らの中に統合しない限り、過ぎ去り流れていく。
という事は、ヒーリングをしていく際にも、クラスをしていく際にも、
非常に明らかな「事実」として捉えています。
 
多くの人は
「外からの働きかけ。」
に多大な期待と関心を寄せます。
それは、
「マスターのエネルギー。」
であるかもしれないし、
「ある特定の場所に流れるパワー。」
かもしれないし、
それは巷にあふれるニューエイジグッズかもしれないし、
「これを身につければ、悪い波動をプロテクトする事が出来る。」
とか、
「素敵な運が訪れる。」などなど。
 
そのような美味しい言葉の裏に、
「そこに、内的成長はあるのか!?」
と思います。
恐らく数珠(ブレスレット?)作る人とかも、
善意で始めた行為かもしれないけれど、
その先にすすませる障害や、依存に繋がる事を認識しなければいけない。
私のクラスに来る人も、当初、石の数珠とかつけてても、
自己成長に目覚めた人は、
次第に外し始めます。
沖縄の私の師匠(弟子と思って下さっているので師匠と呼ばせてもらいます。)
も、
「あれつけている人は、『私はいいカモですよ。』といって歩いているようなもの。」
と、バッサリ。
師匠は、お礼に来た大勢の落ち武者達を
お礼に来たとは気づかずに
「めんどくさいね。」と、
ドライヤーでまき散らしてしまい、
後から、
「お礼に上がったのです。」
と言われてしまうくらいの豪傑。
「あら、悪かったね。」と仰ったそうです。
対処できるものの桁が違いますし、
全てが対等なのです。
 
(もともと、古代には輪になっている事自体が
「内と外の境界を作る。」
ということだったのです。
輪の中に入ることが、自らを外界と隔てる事でした。
お堀とかもそうですよね。
だから、自分でひもを丸く結んでそこに意図をこめれば、
石なんかつけなくたって、内と外を隔てる事が出来るのです。
往々にして、人は元々の意図やエネルギーを感じずに、
流されやすいものです。)
 
師匠は、
人間にとって一番大切なのは、
「心磨き。」
(師匠のこのお話は非常に深いので、詳細は後ほど。)
と仰るし。
私も、
「エゴを徹底的に見て、すべては自分が作り出している事を認識する事。」
だと思います。
ですから、どんな光を頂こうが、どんなに素晴らしい師匠に巡り会おうが、
それによって変化していく自分の内側を見つめていく事なしに、
自己成長はありえないのです。
光が射せば、見えていなかった影の部分が浮かび上がってくるからです。
その影をみなければ、
「依存」
になります。
 
 

« 沖縄からサバトへ 13 | トップページ | サバトから沖縄へ 2 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/106167/56905184

この記事へのトラックバック一覧です: サバトから沖縄へ 1:

« 沖縄からサバトへ 13 | トップページ | サバトから沖縄へ 2 »