2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
フォト
無料ブログはココログ

« 2013年1月 | トップページ | 2013年3月 »

2013年2月28日 (木)

沖縄からサバトへ 9

「何故このような仕打ちを私にするのですか?」

と、深い所で叫び続けていたのかもしれない。
だから、私は「神」を試したのかもしれない。
「何もしない。」
という事で。
多くの人はすでに知っていると思うけれど、
私は小学校5年生になるまで、社会生活にいっさい馴染めない子どもだった。
母は、先生から呼び出され、
「お宅のお子さんは精神に何か異常があるのでしょうか?」
と、聞かれる事もしばしば。
5年生を境に
「勝ち取る。」
事へエネルギー転換していったのだが、
その後も、
「神」
「愛」
「絆」
などの言葉には蕁麻疹が出そうなくらい偽善的なものを感じていた。
一番嫌いなのは、
下に鬱屈したものを持ちながらも表面的に平静や誠実さでコーティングしている事。
 
 
 しかし、これは私が神に対して思い込んできた事 そのものだった。
 
「愛を提示するように見せて、なぜ、私を傷つけるのか。」
 
ー なぜ、規則を守らなければ、正されるのか。
ー なぜ、人と同じ事をしなければ、正されるのか。
ー なぜ、私を一番に見てくれないのか。
ー なぜ、孤独にさせるのか。
ー なぜ、思うように生きると、正されるのか。
ー なぜ、愛するものから裏切られるのか。
ー なぜ、信頼するものから見捨てられるのか。
ー なぜ、欲しいものを欲しいと言ってはいけないのか。
ー なぜ、この世で生きなければならないのか。
 
すべては、神に対しての疑念だった。
 
 
私がこの世に生まれて知った 
『「神」に従う事。』
とは、
「正直ではいられない。」
という事だった。
 
だから、挑戦するように私は正直さを大切にした。
自分を押さえつけないように、自由に。
そして、私が思う「神」以上の「神」を求める為に、
様々なエネルギーを感じられるように努力した。
 
ピタゴラス・プラトン・ヘルメス主義的伝統による、
「宇宙は異なる存在から成るヒエラルキーである。
その最下位にあるのが我々の有形の世界であり、
事物は地・水・火・空気の4大元素から成る。
この領域、すなわち月下界にあるものすべては不完全であり、
苦痛、苦悩、衰退、死を経験する。
その上の世界、すなわち惑星のエーテル圏では、
純粋な状態が漸進的に続く。
恒星天を超えた所に神の領域があり、
少なくとも我々の視点から見ると、
それは完全な世界である。
人間の高次の魂あるいは、
「理性的な魂。」
はその領域に属し、そこを故郷と心得ている。」
 
 という古代から流れてきた教えは私の望む「神」を後押ししてくれた。
 
そして、ようやく
「自分を超えた自分。」
の存在に気づき、更に、
「無」「カラーナ」
の世界に入っていった。
 
そして、物質の私と、「無」になる私と、
自分の好きなようにエネルギー移動して、
「シアワセ。」を手に入れたと思っていたし、
エネルギーの海の中を縦横無尽に泳ぐ事はシアワセだった。
 
根源なるものが無条件に限りなくエネルギーを降り注いでくれている事も感得した。
 
 
ところが、ここに来て、またこの事象。
いったい、何の為にまたここに戻るのだろう?
 
ジョスリン・ゴドウィンの考察する、
「宇宙の秘密を手に入れた賢哲は、
よりよき世界の実現の為に尽くすべきなのか、
それとも、世界は救いようがないので、
賢哲たちはみずからの力で不滅の存在となる為だけに努力すべきなのか。」
という言葉が浮かんでくる。
 
 

2013年2月27日 (水)

沖縄からサバトへ 8

確かめ算が大好きな私は、

様々なものを確かめずにはいられない。
だから、本棚から沖縄、太陽信仰、古代密儀、ヒエロスガモス関連の書籍を引っ張りだして、再読するが欲しい情報は見当たらず。
本を取り寄せてみるけれど、そこにもない。
sun
以前から私は、朝 長時間のお風呂の際に来るインスピレーションが、
自己変容にとても役立っているが、
今回も、朝風呂だった。
頭頂部の「穴」から入ってくるエネルギーは下垂体まで流れ、活性化していく。
そして、それが下の方に降りていく感じを抵抗しないように委ねていくと、
ハートの部分に抵抗が出てくる。
「何だろう?」
と、見ていくと、私が長年の心理療法や自己変容ワークで取り組んできた出来事や人物たち。
そちらに、エネルギーが流れないようにしていたのだ。
その事に対して、顕在意識では納得していたし、感情としては「特に。」「何も。」なのだが、
その事象や人物に対して、エネルギーを流そうとは、思いもしなかった。
(この一連の流れがなかったら、
「そこにエネルギー流すなんて偽善でしょ?」
と思っていたに違いない。)
でも、止めている事でエネルギーがどんどん溜まってきて、苦しくなってくるから、
半信半疑で一つづつ、一事象づつ、一人づつ流し始める。
すると、大きく広がり、
クリアになり、パワフルなエネルギーで満たされる。
「あぁ、なんて幸せなんだろう。」と、感じる。
 
 
 
 
気を良くした私は、翌朝も、暗いうちからお風呂の準備。
「あぁ〜シアワセ。」
と、言おうとすると、背中から首にかけてのエネルギーブロック。
「何だろう?」
と、その中に入る。
すると、昨日出てきたすべての事情や人物の背景にある
「神への疑念。」
だった。
いや、
「神に対する失望。」
という言葉の方が相応しいかもしれない。
全ての傷の根底に、「神の裏切り。」という深い傷があった。
生まれた時、全てが神と一体であるという確信がありながらも、
現実には、自分を傷つける事象がそこここに転がっている。
傷を負う度に、
「なぜ、神は傷を負わせるのだろう?」
と、一体であったはずの神を疑っていたのだ。
しかし、いつの日にか、
神の事も忘れ、
その事象に対しての傷
しか見えなくなっていた。
 

2013年2月26日 (火)

沖縄からサバトへ 7

そして、

「上」と連絡をとりながら、
次回の沖縄訪問日時を決めて、サクサクと飛行機とホテルを取り、
物質的な準備終了。

と、同時に例の頭痛が始まりだして、
治らない。
+プラス頭頂部が痒い。
サラ・ジェシカパーカーの映画を見たせいかと思ってたけれど、
見終わってもまだ痒い。
すぐにローズマリーでシャンプーしても、ティートリーを塗っても痒い。
すぐに、スーパーバイザーに連絡を入れると、
「スシュムナーの浄化がすすむと、そのようなことが起こるから菜食にしてね。」
との事。
「痒いよ〜」
と頭頂部を掻いていると、頭頂部のクレーターが広がっている。
元々、割れていたのだけれども、この開き方は怖い。
ミカミカに
「ねぇ、お母さまのここ触ってみて。」
と、触らせると、
「うわぁ、脳みそ出てきちゃうんじゃない・・・」
と、気持ち悪そうに去っていた。
(確かに。)
「いやだ、頭が大きくなっちゃうんじゃない?」
と、リサコ。
(確かに!)
お稽古の帰りに鍼灸をしている知人に触ってもらうと、
「ユキさん、これはクンルン頭頂ですよ。」
と、訳の分からないコメント。

仕方ないから「上」に聞くと、
(最初から何故聞かないかは自分でも謎。)

抵抗せずに変化に委ねるように言われるので、
「そうか。」
と思い、委ねてみる。
(現在、未だに変化収束せず。お醤油入れてお刺身つけられそう。)

今回、頂いてきたものはこれなんだけれども、
全容未だ分からず。
Th_20130222_073320
この手と、
Th_20130222_073020
(光)です。
 
 

2013年2月25日 (月)

沖縄からサバトへ 6

帰っても、頂いたエネルギーと折り合いを付けるのが大変だったけれども、

翌日はクラスがあり、晩はサバト。
何かを考える余裕もなく目の前にある事の中を黙々とすすむ。
sun
そして、翌晩のサバトのテーマが
「太陽の秘儀」
だった。
大好きな古代密儀の話に、エネルギーの混乱も忘れてしまう。
シュメールのジグラットから始まり、
ヒエロスガモスの世界へ入って行く。
ジグラッドでの密儀の話には、その光景が浮かんでくるようで心躍る。
一筋の光が、人間を神聖なものへと変容させていく恐ろしいまでに美しい光景。
様々な捉え方があり、様々な誤解も生んできたように思う。
どのように受け取るかは、
受け取る側がどのようなエネルギーレベルで生きているかによって違ってくる。
肉体レベルで生きるものは、
それを肉体レベルで受け取り、
さらに精妙なレベルで生きるものは、
精妙なエネルギーとしてそれを認識する。
世界中の太陽信仰の地で執り行われていた密儀。
物質的な自己をいかに神聖なものに変容させていくか。
古代から続く内的錬金術である「それ」は人間の永遠のテーマなのだろう。
多くの先人たちは自らの命をかけて「それ」を守ってきた歴史がある。
世界の様々な太陽の秘儀の伝統をうかがう中、
「沖縄のノロ」に話が及ぶ。
現在、この伝統を守るのが「沖縄のノロ」。
まさか、サバトでこの言葉を聞くと思っていなかったので、
本当に驚いた。
と、共に、昨日執り行われた光の儀式の一端の意味を知る事が出来たように思う。
しかし、
『密儀にはステップがあり、それに沿って必要なものが教えられる。そして、それは公のものではなく、伝えられたら、自らの命をかけてそれを守らなければならない。』
の件こそ、私の「ヤバい。かなりヤバすぎる。」の所以であり、
長く伝わる伝統の中、新参者がそのように大切に培われたエネルギーの一端に与って良いのだろうか?
「なぜ、私が?」
と、思うのでした。
(この辺の内容は文章だと誤解を生みやすいので、詳しくはクラスで。)

2013年2月24日 (日)

沖縄からサバトへ 5

混乱の中、夜、目を閉じると、「ある光景。」が見えてきた。

sun

翌朝、4時に起きて沐浴を済ませ、
先生のお宅に向かう。
しっとりとしたベルベットのような暗闇を黙々と歩く。
ひんやりと質量のある空気が息をする度に、
身体の中に入ってくる。
それが、朝の気温のせいなのか、
この地を取り巻くアストラルのエネルギーなのかは考える余裕もなかった。
 
お宅に着くと、暗闇の中から先生が、
「今朝は、みなさんに神さまからお話があるみたいだから。」
と待っていてくださる。
人数分のイスが用意され、
真っ暗な御嶽の聖所に先生を頂点として3人が座る。
周りはまだ闇に包まれて、低くカエルの鳴く声が聞こえてくる。
その他は、木々の葉が風に揺れる音だけ。
息をする事すらためらわれるような静寂の中、
まず、「上」の言葉を先生から伺い、
その後、授かるものを受け取る手順を説明していただく。
私たちに話してくださるときには、普通の言葉だけれども、
儀式の時には、
聞いた事のない言葉が暗闇の中に低く響く。
そこは、現実とは思えない不思議な空間になった。
先生の指示に従い、
「今回持ち帰るもの。」
を頂く。
(この時点では、何が何だか良く分かっていないし、今も全部分かっていない。)
 
その後、
「コーヒー入れてあります。」
と、朝食まで頂き、またお話を聞かせていただく。
すると、次から次へと、人々が御嶽に参拝にみえる。
ここでは、参拝から一日が始まるのだろう。
その経路には、私たちがお話を伺っている所も含まれ、
その度にご挨拶させていただく。
ご親族がいらした際に、
「この人たちだって、私と一緒に朝、参拝はした事がありませんよ。私と朝参拝するのは、あなたたちが初めてです。」
(まずい!!!エゴをくすぐられるような話だけれども、恐れ多すぎて、自分のついつい口から出てしまった、朝の参拝許可を反省する・・・新参者だからこそ侵してしまう失態です。。。)
sun
先生も息子さんも
修行なしのフワフワしたものには、(ユタに対しても。)
「違う事は違う!」
とハッキリと言って下さる方たちなので、
「二つ伺いたい事があります。」
と質問させていただく。
「一つ目は、ずっと降りてくる声に対しての疑念です。
そのような声を、あらわす事に対して、とても抵抗があるのですが、
ここに来て、その声がずっと続きます。」
との質問に、
「私もそうでしたよ。でもね、その声を疑う事は、あなたは今神さまを疑っているという事ですよ。」
とピシリ!
 
「もう一つは、先生、実は昨夜眠る前にある光景がみえました。」
といって昨夜みえた光景をお話しする。
 
「先生、これは忘れた方が良い光景ですか?」
と伺うと、
「いいえ、これは次にあなたを連れて行く所だから、これは忘れちゃ駄目。」
と、ピシリ。
 
という事で、再度、勉強に来させていただく約束をして、
先生のお宅を失礼した。
sun
帰る頃には、外は既に明るくなり、
来たときの霊気に満ちた空気と一変している。
なんという事だろう。
昨日初めてこの道を歩いた時には、
今日がこんな日になっているなんて、誰も思いつきもしなかった。
 
一緒に行った二人もそれぞれにお役目を言いつかり、
しかも、朝頂いたエネルギーで一杯一杯になっている様子。
それでも、なんとか冷静になろうとして、
「とにかく、コーヒーでも飲もうよ。」
と、ホテルについたけれど、ラウンジで半ば放心状態。
「どうなの?」
「どうするのよ?」
「ヤバいよね。」
「とにかく、チョコレート食べよう。」
と、意味不明な言葉しか、言葉が出てこない。
 
そして、その状態のまま東京へと帰ってきたのでした。

2013年2月23日 (土)

沖縄からサバトへ 4

先生にご連絡した際に、

「私の連絡先を。」
と申し上げると、
「そんなことは大丈夫。着いたらすぐにいらっしゃい。」
という事で、6年前に一度お目にかかったきりなのに、
ご心配ではないのかしら?
と思いつつ、お昼前に伺うと、
沖縄の家庭料理で迎えて下さった。
あまりに美味しくって、山盛りのご飯を平らげてしまった。
そして、いよいよ本題。
持ってきた沖縄の言葉が数々書かれているメモをお渡しすると、
「これは、沖縄の事を知らない人が書いたものね。これは行事を列挙したものにすぎない。忘れなさい。」
という事で、一回戦でノックアウト。
それでも、様々な風習や「ユタとノロの違い。」(これは知っているようで知る人が少ないのでは?)仏と神の世界観の違い。
等等 息子さんも交えて4〜5時間お話を伺っていた。
お話を伺いながら、どうも途中から、先生の視線が「物質的な私」より深いところをご覧になっていように思っていると、
「私は6年前には、まだ『本』を開ける事を許されていなかったから(現実の本ではなく見えないあちらの世界の『本』の意。)あなたの事に気づかなかったけれども、今は、本を開く事が出来たから、あなたのことがわかります。あなたは大きなお役目があってこちらにお出でになった。」
と先生。
すると、息子さん(と言っても私よりも恐らく年上。)が、
「とにかくね、全託。これだけ。」
との事。
「えっと、あの、私は人の為だと思って来てましたけど、もしかして、私の為ですか?」
と頭を抱えて、髪をグシャグシャにして尋ねる私。
目を見合わせて笑う先生と息子さん。
sun
「『全託』って何?これはヤバい!」
心の中で
「まずいぞこれは!」
と、ずっと嘆く私。
その話から私は他の事など耳に入らず、ずっとずっと心の中で、
「ヤバい!かなりヤバい!」
と言い続ける。
しかし、お宅を失礼する時に、御嶽を参拝させていただけることになり、
ある所で、
「地震?」
と思うような(一緒にいた旅友も感じていた。)大地の振動を感じて、
この御嶽の持つエネルギーの大きさに恐れ入った。
そして、何故だか、
「明日の朝、またお参りさせていただいてもいいでしょうか?」
と言っている私。(このときも後々「普通言わないでしょ。」と言われたが・・・)
息子さんが携帯で先生に電話を入れてくださり、
「明日の朝6時にいらっしゃい。一緒にお参り出来ると思うから。」
「わぁ!嬉しいです!では、また明日。」
と恐れ知らずな前向きさで、その場を失礼しました。
しかし、帰り道になると、
「ヤバい。かなりヤバい。」
の声が戻ってきて。
食事してるときも、お風呂でも、眠る時にも、ずーっとそれを言い続ける「どこにも所属したくない。」私でした。

2013年2月22日 (金)

沖縄からサバトへ 3

6年も経った今、なぜ先生に連絡を取ったかは、長い話で、

またまた、
「事実は小説よりも奇なり。」
なのだが、
(ここから書く事を私が躊躇していたのは、私を知る人ならば全員知っていると思うけれども、私は催眠療法のインストラクーまでやっていたけれども、前世の話が大嫌いで、何度も「前世で一緒だった。」と言われても、「ふん、だから何でしょう?」位に思っていた。それがヒーリングトレーニングで叩き上げられた、私のプライドでもあったし、まったく「クール」じゃない!
おぉ、まだこんなところにプライドが・・)
しかし、見てしまったのだ。
ある人物が話しているのと重なる、何千年の時を超えた「我が子ども」のヴィジョンを。
「いや、気のせい。」
とは、片付けられないほど涙が込み上げてくる不思議な感じ。
それでも、私の顕在意識は
「気のせい。」
とその事を片付けてその「クール」ではないお話から距離を置いていたのだが、
そのひと月後、「その人物」が母子の絵を手に持ち、
「ユキさん、これじゃないですか?」
と、階段を下りてきた光景は今でも忘れられない。
普段だったら、「それが何か?」と言っている私にそんな事を言える勇気も素晴らしい。(空気読めないか、勇気があるかどっちかだ。)
見ないふりしていたパズルのピースが合ってしまった。
そういえば「我が子」と会った後、
私は障害となっていた大きな岩が開くようにエネルギーの変化を起こし、
必要のない仕事に使っていたエネルギーは全て解除され、
自分に必要な仕事やエネルギーになって戻ってくるのが手に取るようにわかった。
親子であるとは、何千年の時を超えても、こんなにも強い絆があり影響し合えるのだという事を改めて教えてもらった。
私は、みんなも知っているように、自分の子どもたちをポケットに入れて持って歩きたいほど(大きすぎて入らないけど。)大好きだし、自分の子どもじゃなくても子どもたちが大好きだから、常に全力。
もちろん今生新たに加わった私の子どもも、全力投球で応援する。
その子が「沖縄の言葉。」を研究し始めた時、
私の中で、
「アストラルが優勢であり、古くから伝わる伝統の中にある沖縄のエネルギーを使う事への疑念。」がわき上がる。
土地に古くから伝わる伝統は、伝統を紡ぐものがその地を離れる事すら許さない強さがある。
よそ者が近づくだけで、その存在は恐ろしいまでにエネルギーを閉ざす。
実際に風が吹き始め、木々が閉じて行くのだ。
この光景を、見た事があるものならば、簡単に手出ししようとは思わない。
「危ないよなぁ。」
と思った。
その時に、6年前に斎場御嶽でアストラルの存在を下ろしていた先生を思い出したのだ。
と同時に大好きな冒険の匂いもする!
何か起こる時に感じる後ろから背中を押されるような高揚感!
その場で、電話をするのが私の良いところ。(「普通しない。」と、良く言われる。)
「ご無沙汰しております。実は、6年前に斎場御嶽でお目にかかったもので、先生からいつかお勉強にいらっしゃいとご連絡先頂いたのです。」
と言うと、
電話口に出られた先生は、6年前の事を覚えていて下さって、
「今どこにいるの?」
「東京です。先生!お勉強に伺いたいのですが、近々伺えないでしょうか?」
「明日とあさっては、旧暦の新年前で珍しく家にいるからいらっしゃい。」
先生は二つの御嶽の祭司をなさっているので2日間空いていらっしゃる事はまずないそうです。
という事で、
「行きます!じゃ飛行機とホテル取れたら連絡入れます!」
という事で、私のごちそうアドレナリンを放出しまくって24時間経たないうちに、沖縄の地を踏むのでした。

2013年2月18日 (月)

子どもの為の無料解毒ヒーリング

今日も可愛い子どもたち来てくれましたよ〜。
祥子ちゃん、なぎさちゃんも来てくれて
ママたちのエネルギー補充をしてくれました。
(子育ては大変!ちびっ子のママもお疲れなので、ママやパパのフォローもしてます!)
「ちびっ子が来ると、部屋のエネルギーが変わる〜。」
となぎさちゃん。
本当!
少し大きなお兄さん、お姉さんになると、
「どう?」
って聞くと、
「うん!元気になった!」
って、答えてくれたりして、
「なんて素直で良い子たちなんだ。」
と、終わった後、こちらまで元気になりました。
次回は、来週25日月曜日。
その後ちょっと先になり、
3月25日月曜日です。
sun
途中の空き時間には、皆で先日の沖縄ビデオ上映会。
先輩も参加してくれて、
「ほんの一週間前の出来事とは思えない。時空が変化している。」
ってことで、沖縄の先生にも
「また、行っていいですか?」
とご連絡したら、
ご快諾いただいたので、
来月のミラクル沖縄修行の飛行機とホテルの申し込みもサクサク終えました。
sun
楽しい一日だった〜。

プライスレスなノート

毎期毎期、楽しみなノート。

今期も、また、今期ならではの傾向性が見られます。
Th_20130216_124451_2
だんだん、職人芸の域に入ってきたのではないかと感じるのは私だけでしょうか?
ここにはさらにエネルギーが編み上げられて行く、
プライスレスなものです。
私も、沖縄からの
エネルギーがだんだんとなじみ、
より一層、上との連携作業で行われるから、
何気なくやってきた事が実は深い意味がある事を教えられたり、
暴走する私に上からお小言が入ったりで、
非常に楽しい。
相棒っていいものです。
そして、今回もまた新たな気持ちで、
自らの性格構造からくる学びに「参りました。」と言わざるを得ません。
深いなぁ。
でも2日間続けてだと、あっと今に6回が終わってしまう。
もっとやりたくなる。

2013年2月16日 (土)

沖縄からサバトへ 2

沖縄には、ヒーリングトレーニングのリトリートで3回、
プライベートでも数回訪れているけれども。

 

今回の、出来事は6年前の斎場御嶽まで遡る。
 
その時は、斎場御嶽の下にあるホテルに滞在していたので、毎朝お参りさせていただいていた。
ある朝、一番手前にある拝所ウフグーイまで行くと、数人の方が
(その時には全員がご家族に見えたのだけれど、後から話を伺うと、ご家族の拝み(ご祈祷)の儀式がなされていたらしい。)
ご自分たちの周りにエネルギーの空間を作られて拝みをされていた。
そのエネルギーの空間は、よそ者が勝手にはいれるものではなく、脇により、その方達が、立たれるまで待っていた。
その後お参りさせていただき、
次の拝所「ユインチ」に行くと、
また先ほどの方たちが同じような空間を保ってご祈祷されていた。
今度は、様子を少し拝見させていただいた。
すると、一番前にいらっしゃる年配の女性のところに上の方のアストラルの存在が降りてきて交流なさっている様子が見えた。
「相当凄い方なんだなぁ。」
と思って見ていると、
団体の観光客が察する事無く、その空間の中に入っていく。
その場が一瞬凍り付くようになるけれども、
それでも、関係なく大勢の人たちがその空間に踏み込んでいく。
 
何とも言えない気持ちになった。
 
ご祈祷が終わるまで待っていると、
すれ違い様にその年配の女性が
「ありがとうね。」
と言って通り過ぎて行かれた。
最後の拝所「サングーイ」でも、やはりご祈祷されていたので、待っていると、
「この下の家だからお茶を飲みにいらっしゃい。」
とお誘いを頂き、ずうずうしくも、帰りに寄らせていただいた。
 
海を見下ろす素晴らしいお家でお昼ご飯までごちそうになり、
色々なお話を伺った。
 
その家のご主人が
「この方は、沖縄の人でも中々会う事が出来ない凄い方なんだよ。」
とその年配の女性を紹介して下さった。
 
その時、ご自分の連絡先を書いた紙をくださって、
「今度、勉強にいらっしゃい。」
と言って下さった。
 
連絡先を頂いて本当に嬉しかったけれども、
そんなに凄い人によそ者が何を習いに行ったら良いかも分からずに、
何回も思い出しながらも6年の歳月が過ぎた。
sun

2013年2月14日 (木)

沖縄からサバトへの流れ

お任せの旅をするようになった始まりは、
エジプトの旅だった。
長女と次女と私の3人での旅。
(先進国好きな主人は不参加。)
エジプト人ガイドのオスマンさんに我が儘を言って、
ギラギラ太陽の照りつけるイシス神殿に干物になりながら一日中滞在してたら、「パクシーシ頂戴。」と言われたので、お渡ししたら、はいっちゃいけないお部屋に案内されて、おじさんとおでこをくっつける儀式(娘たち大爆笑!)をしたり、
鼻血が出るほどパワフルなギザのピラミッドに「またか!」と言われても、何回も連れて行ってもらったり、
担当者にパクシーシを渡して、一見分からない入り口から、これも鼻血が出るほどエネルギッシュな、ピラミッドの設計者のお墓に案内してもらったり、
アレクサンドリアでは、交通事故(車が追突された。)でオスマンさんが身動き取れなくなったので、3人で海風の吹く中、自由に歩き回った。(博物館のトイレでは、エジプト風ウォッシュレットの使い方が分からず頭からびしょ濡れになり、大笑いしながら水を誰が止めるかでもめたり、アレクサンドリアの大図書館に地元の可愛い子どもと一緒に並んだり。)

自由って楽しい!

と味を占めた私は、あまり計画を立てずに旅に出るのが大好きになった。(といっても効率が良いことが何よりごちそうなので、シャキシャキ回る。私が一番苦手なのがツアー旅行。これは具合が悪くなる。)

いや、一人でいる時間が無くなるのが一番のストレスなのかもしれない。
子どもたちは私のシャキシャキぶりに慣れているし、自分もシャキシャキしているから問題ないけれど、行きたくない買い物につきあったり、お愛想会話で彩られた食事の時間が何より苦痛なのだ。建設的に時間を使いたい。

その後、なるべく自由な旅をするようになった。
葛のオイルを作りにいく旅は、
ただただ、袈裟を着たおじいさん(人間じゃないのです。アストラルの人。)の指示に従って、普通だったら酔狂とも思える行動につきあってくれる、最高の旅友と一緒の奈良の旅。
これは、一生の思い出になるほどミラクルな事が沢山ある旅でした。

ガンジス川の支流近くヒマラヤの麓のリゾートで行われた瞑想リトリートも、身を置いた事の無い環境で、自分の内以外と交流を持たない貴重な時間を過ごす事が出来たし、

去年長女と一緒に行った、「マグダラのマリアの足跡を辿る旅。」も、時間が止まったような南フランスの大好きなところたっぷりと時間をかけて巡った後、パリで『今」を満喫して顕在意識で思い描いた以上の夢が全部叶って、今思い出すだけでも「あぁ〜シアワセ!」と感じる。

だから、顕在意識での計画より、「上に委ねる。」方が、何倍もエキサイティングな出来事が起こるのです。

そんなこんなで、今回の「行くぞ!」って決めてから24時間経たないうちに降り立った沖縄で何が起きたのか。

帰ってきてからゆっくりする時間が中々取れないので、
理路整然と語るまで煮えてないのだが、

私も未だ夢の中の出来事のように思う。
当初の意図とは全く違った展開が為され、
入ったら、引き返せそうにない道のりの全容も見えないし、
どうなんだろう? 
と思っての。
帰った翌晩のサバト。
サバトのテーマが、太陽の秘儀。
エジプト、シュメール、バビロニアetc...。
太陽信仰のあった地で行われていた密儀。
そして、今、唯一その儀式を残しているのは沖縄のノロだという。
見えていなかった地図に少しづつ光が当たり始める。

2013年2月12日 (火)

フジニュースネットワークで「かのこっくっり」ーブループリントに沿うとは・・

ウフフ!

ハピキラFACTORYの「かのこっくり」昨夜放送されました。
二人とも可愛い!

ブループリントは、5チャクラの世界の話の中で良く出るけれども、
ブループリントにそって生きると、
瞬く間に、道が広がっていく。
しかし、それにはそれをサポートするだけの足腰の強さ、周りを動かすパワー、行動力、ハート、意志の強さ、が必要になってくる。
その上で、ブループリントに沿うと顕在意識では思っていないような物事の運び方が繰り広げられる。
彼女たちが、起業のことを頭に思い浮かべたのは、恐らく昨年の9月。
それから数ヶ月で、こんなに多くの人を巻き込んでの展開は、
尊敬に値する。
「思いを現実化する。」という素敵なエネルギーの錬金術の世界を見せてもらって嬉しい!
錬金術に必要な賢者の石。
今回は、「個だけを考えるのではなく、大きなものの為に自分の手で問題を解決し、貢献する。」という思いがソレなのかなぁ?
 

2013年2月11日 (月)

今日のニュースJAPAN!

今日の「ニュースJAPAN」(23:30〜フジテレビ)

で、長女の峰華たちが取り組んでいる、「かのこっくり」の特集が放映されます。
お時間があれば、見てやって下さいね!
2013年2月11日(月)
女子発!地方活性バレンタイン
2012.11.05
Tonight's Issue バックナンバーを公開いたしました。
2012.11.02
サイトをリニューアルいたしました。

2013年2月 8日 (金)

ただいま〜!

ただいま戻りました。

沢山メールいただきありがとうございます。
あまりのヤバすぎる、いやカナヤバな展開に、「ヤバい!」という言葉しか、
出てきません。
ちょっと、一晩落ち着かせて下さい。
明日のクラスでお目にかかれる方はその時に!

2013年2月 7日 (木)

流に乗れますか~?

行くぞ!
って決めてから24時間経ってないけど、
素敵な仲間と沖縄到着。
この足腰の強さ。
フットワークの軽さ。
旅友には欠かせません!
今回は、沖縄の重鎮に学ぶ旅。
さて、上はどんな計画をしてくれているのでしょう。
飛行機から降りたとたん、アストラルのエネルギーに包み込まれ、
皆でワクワクしてます(^-^)

2013年2月 6日 (水)

作戦会議

実は、毎日「作戦会議」をしている。
誰と?
それは、「相棒」
って言ったら、怒られる!?
sun
とにかく、太陽が山羊、アセンダント獅子、月が牡羊の私の、
生きるゴチソウは、「いか効率よくゴールに持っていくか。」
ゴールまで到達させるのはモチロン!
私の中で、無意識のうちにゴールまでのプロセスを組み立てる。
あとは、V型12気筒(位の気持ちで。)でひた走る。
そのハンドルを握っていたのは、勿論、私だった。
sun
そのバランスが変わり始め、
主導権が移り始めた。
「上」に。
「上」とのコンタクトは、耳を傾ければ常に取る事が出来る。
俯瞰状態である事が必須。
「どうやって、山本ユキを使っていくか。」
が最重要課題。
「私がこういう風(更に高いエネルギーを感じたい、能力を増したい、神聖な場所に行きたい、エルメスのバックが欲しい←昔はね。etc...)になりたい。」
という視点から、ぐるっとまわって、
「どうしたら、高い意思が山本ユキを使っていかれるか。」
を作戦会議している。
sun
そうして、暮らしていると、
「小説ですか?」
いやいや小説でもあり得ないよ、そんな事!
という目眩く日々がやってくる。
今回も、急遽旅に出る事になりました。
恐らく今回のこの布石は、2007年の沖縄から始まっていたんだ・・・
と気づくと、神の采配の素晴らしさにまたもや やられてしまうのでした。
詳細は、逐ってご報告しますね!

2013年2月 4日 (月)

私のエゴ。たまには良いでしょ? いつもか・・・

「ヒーラー」
という言葉は、何だか抵抗がある。
自分の事を「ヒーラーです。」と言った事は、
私の記憶の限りでは「一度も無い!」ほど。
もともと、ニューエイジ系の世界には全く興味もないし、
何だか、「説教臭い。」「宗教みたいでカサカサした感じ。」
まず、現実世界で勝負したらどうだろう?
と思っていました。
今でも、ちょっとそう思ういますけど・・・
「健康に良い。」
とか、
「長寿。」
とか、
「輪になって踊る。」
とか、
「愛です。」
とか、
あり得ない!
カッコ良くない〜!
と、実は今でも思っているのです。
エネルギーが動かせるのであれば、
「この現実世界での生活も動かせるはずなんじゃない?」
と思うのです。
「愛です。」
って、本当に愛の中にいる人は言わないから!
「イケてない。」と思うのです。
普通の人に「カッコいい!」って感じて、
エネルギーが動かせる事って面白いかも!?
って、思ってもらう事。
とっても、好き!
めちゃくちゃ頑張っていても、頑張っていないように見えて、
「一生懸命、良い事、誠実にやってます!」って感じが無くて、
「誠実で、良い人だな。」なんて思われなくて、
サラッとしているのがいいなぁ。
そして、常にチャレンジしていたい!
sun
「普通の生活が動かせない人は、恐らくエネルギーも動かない!」
私の中の鉄則です!
sun
と、物質界での私のエゴ丸出しの投稿でした。
(物質界じゃない私もいますから・・・←この期に及んでまたエゴ))

2013年2月 3日 (日)

「かのこっくり」販売しています。

 
東京近辺では、日本橋三越・渋谷パルコ・立川ecuteの他、
ここでも販売しています。
よろしくお願いいたします。
「かのこっくり 1個 500円」
Photo_3
Photo_4

毎日毎日

どれだけ自分のエゴに向き合っていられるか。
これは、一番大事な事だと思って生きています。
しっかりと正直に自分のエゴに向き合い、
自分の選択で道を決めていくのです。
肉体がある限り、全てのエゴが無くなる事は無いでしょう。
肉体を持ちながらエゴを無くす事は、恐らくヒマラヤの山中で修行をしているマスターくらいにならないと難しいと思います。
自分の肉体を最大限に純化していく事ですよね。
でも、文明社会で生活している私たちには、それは不可能でしょう。
命を引きかえにするような極限状態になってこそ、可能になる事があるからです。
文明社会で、いかに正直に自分のエゴに向き合っていくかは、内省しかありません。
常に自分の心の動きをチェックしていく事。
そして、自分のエゴに気づく事。
気づいたら、今の状態をどうするか選択する事。
そのままエゴの中にいるのか、別の選択をするのか。
毎日ただ、それを続けていくことです。

« 2013年1月 | トップページ | 2013年3月 »