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2011年4月27日 (水)

瞑想の向こう側2 (脳)

一方で、ステートオブプレゼンスと脳との関係がとても私の興味を引いた。
anadiが面接の際に脳へのアプローチをしてくれたが、
それ自体は洗練されたものではなかったけれども、どの部分にアプローチしていたのかを
自分のステートオブプレゼンスをする際に、
どの部分が活性化していくかを踏まえて、
探っていった。


インドへ行く少し前に、次女が「この本面白いから。」と、
世界史のレポートのために使った本を貸してくれた。
システィーナ礼拝堂のミケランジェロの天井画の本だった。


ルネサンスの巨匠ミケランジェロが描いたシスティーナ礼拝堂の天井画。もっとも有名な歴史的傑作のひとつであるこのフレスコ画を見るために、世界中から人々が集まり、圧倒的な美に息をのむ。だが、キリスト教世界でもっとも神聖であるともいえるヴァティカンにあり、教皇の命によって描かれたものにもかかわらず、そこには新約聖書の人物がひとりも描かれていない。その謎を解くカギは、ミケランジェロが傾倒していた新プラトン主義、ユダヤ教やその神秘的な教義にあった。全面的な洗浄によって元の輝きを取り戻したこのフレスコ画を詳しく眺めると、ミケランジェロが眼力を持つものだけに伝えようとした、しかし、なんとしても隠さなければならなかった禁断のメッセージが見えてくる。500年後のいま明かされたその秘密とは…。巨匠の遺した秘密が500年後のいま明かされる。図版120点以上。(AMAZONBOOKデータベースより)』

とても面白くインドに持って行きたいくらいだったけれども、
重いので断念し、家に帰ってきてから再読しはじめた。

ミケランジェロの天井画の「アダムの創造」は、とても有名な作品だけれども、
cnnでも話題になったように、
その作品には「脳」の断面図が「神」の体を使って描かれている。
アダムの指と神の指が触れ合い、神の身体に繋がるところは、
脳へのアプローチの際にエネルギーが通っていく道と関連しているように思える。

また、
脳梗塞を起こした脳神経外科医の体験記を読んでいても、
脳と神聖なるものとの関連性は非常に興味を引く。
(この場合、右脳と左脳という切り口だったけれども。)

そのほかにも、チベットの僧侶やカソリックの修道女が瞑想している際の脳の状態などもいくつか研究されている。

脳は、私たち人間の技術がこれだけ発展してきても、
まだまだ解明できない部分が多くのこる臓器だ。
しかも、私たちは一人ひとりその機能を自らの身体の中に持っているのにもかかわらず。
未開の地なのだ。

自らの中にある神聖を見つけるときに、
脳へのアプローチは非常に大切なポイントとなっていくように思える。
脳へのヒーリングも非常に有効に思えるが、
その際には、より精密にエネルギーを流し分ける必要があると同時に、
より繊細に働きかけなければ、頭痛などの症状が出ることもあるので注意が必要になる。
また、施術者がその「状態」を自らが体現していることも大きなポイントとなるように思う。


山本ユキHP ハンズオンヒーリング・チネイザン・エネルギーの学校

2011年4月15日 (金)

瞑想の向こう側(インドのリトリート15)

『死』
という言葉が本当に染み入ってきたのは、
実は帰国後、ある人に会ってからだ。

なんだか、日本のエネルギーに馴染めない。
と、なるべく家から出ない日々が続き、
とにかく、座っていれば幸せなのだから、
今までの私の生活とは一変した。

買い物にも、食事にも食指を動かされず、
セッション以外は、とにかく座る。
だんだん、お化粧もしなくなり、
「すっぴんですか?」とクライアントの方々にご指摘を受ける。

数日後、数年前に来てくれていたクライアントの方から久しぶりにメールをいただいた。
彼女は、当初催眠療法に来てくれていて、
しばらくして、お妹さんがヒーリングクリニックのほうに来てくれた。
久しぶりのメールは、妹さんが余命がわずかで、
二人で話しているときに、私の話が出て
会いたくなった。
というものだった。
その週末、彼女たちに会いに行った。
久しぶりに見るお妹さんは、私が覚えている彼女とは別人のようになっていたけれども、
具合が悪い中でも、彼女の持つ飄々としたところはそのままで、
本当に懐かしく、たくさんお喋りをした。
ずっと握っている手は、とっても暖かく数年前よりも滑らかに感じられた。
その中で、彼女は「いかに残された時間が、どんどん過ぎてしまうか。」 を憂いていた。
私はただ、手を握り聞いていた。
ふと、彼女の周りに意識を持っていくと、
彼女の上に恩寵のエネルギーが広がっている。
それは本当に素晴らしく。
インドで感じた「そこ」に繋がっていた。
「ねえ、ちょっと目を閉じてみて。」
と彼女がそのエネルギーを感じられるように、導いていった。
恐らく、瞑想をしたことはないと思うのだが、
とってもすんなりとその中に入って行き、恐らく1時間以上そうしていた。
「どう?」と聞くと、
「何も考えないでいられて、穏やか。」と言っていた。
顔を見ていると、だんだんと観音様のように穏やかで神々しくなっていく。
すると、ぽつぽつと少し前に彼女が体験した臨死体験のことを話してくれた。
それは、
「自分から物凄くまぶしい光がパーッと外に向かって発光して、
これは何だろう?
と思っていると、次に今までの人生が走馬灯のように繰り広げられ、
それは、自分で覚えていないことまで次々と見せられて、
反省させられた。
「あぁ、これで死ぬのかもしれない。」と思った瞬間、
紫色の光に包まれて、身体に引き戻された。」
そうなのだ。
彼女は、その話は不思議なものでも何でもなく、
まるで日常の中の一部分のようにたんたんと話していた。

次の日も、どうしても彼女に会いたくなって、
会いに行った。
顔を出すと、「あっ 来てくれたんですか?」と少しはにかんだ表情が今でも忘れられない。
その日も、大部分の時間彼女の上にある恩寵と繋がりながら過ごした。
翌日は、遠くの病院に転院しなければならず、
もしかして彼女に会えるのはこれで最後になるかもしれないと思うと、
本当に立ち去りがたく、最後の時をともに過ごさせてもらえたことに本当に感謝した。
彼女の頬の感覚はまだ私の頬に残っている。

その時間は、私にとっても恩寵と繋がるとても素敵な時間だった。
マスターとの時間も素晴らしかったけれども、
私に「これ」を示し、意味するものを教えてくれたのは彼女だった。

ある晩、眠る前に「そこ」に身をおいていると、
素晴らしく高貴なエネルギーが私を取り巻いた。
あまりの事に時がたつのもわからなくなった。
その後、その晩に彼女がなくなったとお姉さまから連絡をいただいた。
彼女の魂の質感は、あまりに高貴で愛に溢れていた。
私は、自分が彼女をサポートできたらと思い、
彼女の元へ行ったけれども、
実はサポートされていたのは私のほうだった。
彼女の神聖なる魂は多くのことを私たちに教えてくれた。

『死』はけして恐れるものではなく、私たちが戻っていくところなのだ。

(Jさんのご家族のご好意により、この経験をシェアさせていただきました。)


山本ユキ ハンズオンヒーリング・チネイザン・エネルギーの学校

2011年4月12日 (火)

インドのリトリート14

その中で、
どの位経ったのかも わからないけれども、
瞑想の終わりを告げる鐘の音がほんの微かに聞こえてきて、
戻らなくてはならない という意識がどこかに聞こえてくる。
戻る事に抵抗する何かがあるのだけれども、
すでに電柱ほどの太さの銀色に光る弾力あるコードを伝わって引っ張る何かがある。
なんと立派なコードだろう!
と感動する私。
この物質界にはない感触。
ちょっと光る大蛇みたいだなぁ。 と思いながら、
肉体の場に辿り着く。

今のは「何だったのだろう?」と暫く放心状態が続く。

その状態は、東京に帰ってきてからも続いていた。
(直帰。
東京に帰ってきたことを家族以外に内緒にしてひきこもってずっと座っていた。
「帰りに香港に寄って美味しいものと買い物だ。」と思っていた私はどこへ?)

喋りたくもなく、何もしたくなく、ただそこにありたいだけだった。

私は、遠隔ヒーリングの時に肉体を離れたり、たまに違う場所の様子を見に行ったりと、
幽体離脱のようなことはしているのだけれども、
全くの別物だった。


何もなかった。
『死』
という言葉が一番近いのかもしれない。

私は、おそらく何かを期待して生きていたのだろう。
思考の部分を使えば
おそらく、全能の神が「待っていたよ。」と両手を広げて私を迎えてくれるような。
ハリーウィンストンの宝石や魔法の王国が待っているような、
小さいころに絵本で見たような世界を。

しかし、それは
期待どおりでもなく、思考の対象になるものでもなかった。


山本ユキ ハンズオンヒーリング・チネイザン・エネルギーの学校 HP

2011年4月 6日 (水)

インドのリトリート13

最終日に近づき、自分が肉体をもった存在である認識よりも、
自分がその肉体を超えたエネルギー体であるという感覚のほうのパーセンテージのほうが増している。

しかし、その様な状態にありながらも、
どこかから、得体のしれない焦燥感や無力感がこみ上げてくる。
それはどこから来るものなのか。
あと数日でリトリートが終わってしまうことなのか。
果てしないものに対する自分の無力感なのか。
ずっと、求めていたことがここまでなのか。
(と言っても素晴らしい体験を沢山したのだが、私の中では「何か」が欠けているように感じた。)
どこかで絶望にも似た何かを味わっていた。

本当は、素晴らしい体験は、まるで北京のビルのように表面的なきらびやかさで、
でも、本質には辿り着いていない事にもどこかで気づいていた。
そのことに一番絶望していたのだ。


その時も、恩寵の充ち溢れる中、
いつものようにステートオブプレゼンスの結晶化を意識し、
そこに寛いで身体の感覚が無くなっていた。
しかし、圧倒的な絶望感の前に
リトリートに対する期待も無くなっていた。


突然、予測の出来ない事が起きた。
(そう、私の求めていたのは「予想外」の事なのだ。)
まるでスペースシャトルが発射したかのような爆発と衝撃と共に、
自分がどこにいるかわからなくなる。

その状態は、それからずっと言葉を探しているけれども、
たとえる言葉が見つからない。
ただ、言えることは味わったとこのない世界。
言葉でどうしても説明できない世界。

だって、「何もない。」のだから。


山本ユキ ハンズオンヒーリング・チネイザン・エネルギーの学校


2011年4月 3日 (日)

エゴとの対峙

ゾハールの書の中では、
エゴは「自分だけ受け取りたい欲望」.

無限の分かち合いは神の本性、
分かち合うことが難しい時でも、
不快な時でもいつでも行えるようになると
それは「変容を促す分かち合い。」と呼ばれるそうです。


「アレクサンドリア」の中で、ヒュパティアの奴隷であるダオスが、
主人のためのパンを飢えたキリスト教信者のために差し出すようにアンモニオスに促され、
貧しきものにパンを配り、
ダオスの目のエネルギーが変わっていった場面は、
まさにこの「変容のための分かち合い。」があり、
彼の中の何かを変容させたであろう印象に残る場面でした。
しかし、それを促したアンモニオスの目の中には正義という仮面をつけた狡猾な「エゴ」が身を潜めている。
この「神聖とエゴ」の対峙の場面は今でも繰り返し思い出します。
この映画の中で一番印象に残ったシーンでした。

この本を読んでいると、題名を見て みんな失笑するのですが、
勿論、当初 私も「この題名はどうにかならないのか?」と思ったのですが、
最後の大沼先生の解説を読むと、
この本の題名も納得できます。
わざわざこの題名にしたことが、この本の内容を物語るように今は思えます。
改めて、この時を意識的に生きなければと深く教えてくれる本でした。

山本ユキ ハンズオンヒーリング・チネイザン・エネルギーの学校

2011年4月 1日 (金)

バベルの塔&CDのタイトル

今回の災害の後、

ずっと、バベルの塔が頭から離れません。
ドレのイラストが好きで、
旧約聖書や神曲をよく見るのですが、字で読む旧約聖書とは違った味わいを見せてくれます。
絵の世界は、本という二次元の世界をより立体的に読み解くアイディアを与えてくれます。



こうした本や音楽(クラスで流していたもの)は特定の宗教的なものと思われがちですが、
そうではなく、恐らく太古の時代から神聖なるものが言っているものは
ずっと同じものだったように思えます。
「いかに、自分のエゴを手放すか。」
バベルの塔も恐らくは、そのテーマを象徴的に表したものなのでしょう。
あらゆる宗教書は、その文字を額面取りに受け取るのではなく、
その背景に隠れている英知を読み取ることが必要と思われます。

山本ユキ ハンズオンヒーリング・チネイザン・エネルギーの学校HP

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