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2011年2月28日 (月)

インドのリトリート8

巧妙なエゴは、それでもまだ私を引き戻そうとする。
ルームメイトの女性が具合が悪そうにしているのに、部屋を出てきてしまった罪悪感に瞑想の間中ずーっと苛まれる。
私の位置からは、彼女の位置を確認することができず、
「部屋に戻ってみようかしら?」などと落ち着かない。
「瞑想をするより、具合が悪い人のサポートをするほうが大切じゃない?」
しかし、瞑想が終わってみると、彼女はしっかりと瞑想に入っていた。
正義感まで持ち出してくる自我の巧妙さ 
凄いなぁ。

パズルが合うように波動がゆるぎなくはまる時、深いところまで入っていかれる。
大地を踏みして歩いていると、得も言われぬ調和の中に存在して
歩くことすらいちいち感動する。

ハートの中は繊細で羽毛のようでありながら、
傷を負っても、そこには分離はない。
ビーズとか、スライムとか、粒子とか、羽毛とか、分けても戻ってしまうような、
分離したようでいても、温かく周りから包み込まれて元に戻る。
やわらかく子宮のなかにいるよう。
もうひとつ奥にある私のハートだ。

このころからメモを書きとめる事もあやしくなり、
ちょっと判読不明。


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山本ユキ ハンズオンヒーリング・チネイザン・エネルギーの学校

2011年2月26日 (土)

インドのリトリート7

もう4日目、いやまだ4日目?
1st
うちなる静けさの中で早朝の瞑想が始まる。
(何故だか駄目だ~。の後には静寂が訪れる。)
彼のガイダンスももはや耳触り。
ただただ「ここ」
ゆるぎない場所。
あらゆるところにある安心感。
ゆるぎなさの中に溶け込む。

「6チャクラに波動を合わせたときに聞こえてくる この次元の周波数ではとらえることができない音や物質のぐるっとひっくり返った裏側に流れるような、美しい響き」と とても似ている崇高で美しい響きが広がる。

2nd
ガイダンスメディテーションだが、深い所に行きそうになると、実際の声が聞こえてくるのが邪魔になって引き戻される。
ウォーキングメディテーションの後に気分が変わり、
明け渡すことが容易にできるようになる。
ずっと、溶けていく。
氷が溶けてなくなるように、身体も意識も溶けてゆく。
後に残るものは、常にここにあるもの。
どこにでも。
だから、認識しようと思えばできるのだけれども、どこにでもあるし自我というヴェールで私たちが覆われているから気付かない ほどあらゆるところにあるもの。
だから、それをこのような言葉にする時には 何段階も戻さないと言葉にはならない。

3rd
愛が私の構成要素になっていようとは!
と思うほどにパワフルな愛のエネルギーが流れる。
エネルギーがシフトしてゆく、
「山本ユキ」という存在の比重がどんどん薄れてゆく。
肉体の境界線の感覚も薄れてゆく。

ウォーキングメディテーション
自分の感覚が薄れ、より大きな私の感覚が広がるなか
自然の中を歩く。
空を見上げて「鳥だなぁ。」と思うか思わないうちに「鳥の視点」でここに存在している。
上から私たちをみると蟻の行列みたいだ。
変なことをしている。
でも、ただ風に乗って羽を広げるのはなんと心地よいのだろう。
川の流れの中に獲物を見つけるのは見つけようとするのではなく、
自然に何かが反応するのだ。
「山」に目を向ければ「山」となり存在する。
「川」に目を向ければ「川」として存在する。
山も川もただそこにあるのではなく、
この波動の喜びに充ちあふれながらダンスするように存在している、
微細な喜びも壮大な喜びもすべて味わいつくしている。
「草」の上を歩けば「草」として存在する。
すべてのものが同じように鼓動している段階があり、
それはそれは言葉では言い尽くせない。
ただの物なんて一つもなく、生きている。
そして、この瞬間を味わいつくし法悦の中にいる。
どんどん広がっていく。
尽きることなく広がっていく。
凄いなぁ~。 
と単純に感動する。

山本ユキ ハンズオンヒーリング・チネイザン・エネルギーの学校

2011年2月24日 (木)

インドのリトリート6

しかし、昼食時には再度自我が暴れだし、
言いようのない恐怖感と痛みに気分が悪くなり、食べられない。
「このリトリートを最後まで乗り切ることができるだろうか?」と弱気になる。
だいたい、こんなに健康的な場所で健康的な食事をして瞑想をして、「良い人」になったらどうしよう?
と心配する。

4th
昼休みの気分の悪さから抜けきらないままに座っていると、
まずやさしいエネルギーがハートに流れ込んでくる。
下垂体のあたりに強い刺激を感じ、暫くすると、
2つ前の前世だという明の時代の中医師が出てきて私の過去の説明を始める。
明王朝、皇帝専属の医院の話など、世界史の授業のようだ。
ただ、脈診を取るだけにいる人や舌の具合を見るだけにいる人、皇帝を取り巻く人々。
でも、信頼って難しい。
どんなに地位があろうとも、お金があろうとも、人を従わせても、真の信頼をもつことは自分を信じるしかない事を傾聴する。
1800年代のロシア帝国時代の宮廷と薔薇十字軍とおかかえ魔術師の話も面白い。
見えない力と権力。
いつの時代でもこれは大きなテーマ。
さらに遡り、エジプトでも何回か巫女や神官であり、
今の人生でもなじみ深いエネルギーや手法を懐かしむ。
この辺りから神とのつながりをテーマに転生を繰り返した。
しかし、生活のために能力を使ったり、生きるための術であることが多く、
自由な環境にはなかった。
今生では、生活のためでも限られた環境でもなく、やっと自由に神との探求に向き合うことができるようになった。
3~4000年いやそれ以上待ったのだから、そろそろ委ねなさい。
と言われ、「ふーん」と思いつつ、半分は本当ですか? と思う。

5th
前の瞑想のことをつらつらと考え、集中できず。

6th
集中していないと、実際の彼がすーっとやってきてエネルギー調整される。
バレていたか、やるな。
と思う。
まだまだ3,4千年の重みがわかっていない。

とにかく、これだ!
と掴めた感があると、次には「駄目だ。」とか「身体がいたい。」とか「本当か?」などと自我が顔を出し綱引き状態の時だった。

山本ユキ ハンズオンヒーリング・チネイザン・エネルギーの学校 HP

2011年2月21日 (月)

インドのリトリート5

1st
松果体あたりに強いエネルギーを感じ、後ろに倒れそうになる。
無意識に抵抗していたが、
抵抗に気づき委ね始めると通路のように中に入ってくる。
途中、「火の世界」に入る。
当初「火だ!なぜ? どうしよう?」と思うのだが、
「いやいや、私は瞑想をしているのだから火の中にいるはずがない。これはアストラルの中だから、手放そう。」
と思うと、「火の世界」は消えた。
ホッとする間もなく次は「水の世界」
「息ができない。と一瞬思うのだが、いやいやこれもアストラル。心穏やかにしていよう。」と思うと消える。
次は「油の中」さすがに気持ちが悪い。「なぜ油?」と思うのだが、この辺りからは気持も揺らがず手放す。
次はなぜだか「スパイス。」これはヒリヒリする。手放す。
アストラルの世界をたっぷりと味わい、そのまま先に進んでいく。
まるで映画の冒険物語みたい。
そのまま通路を進むと、明るい場所に出る。
ストーンサークルがありそうな自然にあふれる場所。
円形にくりぬかれたようにぽっかりと空き地になっている真中に椅子がある。
そこに座るのだなぁ と思って座り
そのまま委ね続けると と声が響いてくる。
私の中に浮かぶ疑問に対しての答えが返ってくる。

2nd
ホールに彼が近付く気配だけでエネルギーがシフトする。
ハートがドキドキしてきて 何かが流れ込んでくる。
こんこんと尽きることなく流れ込んでくる。
途中「もう結構です。」といっても
さらにこんこんと流れ込んでくる。
「もう苦しい。」と閉じようとするが、それでもこんこんと流れ続ける。
容赦なく流れ込んでくる。
『神の愛』だ。
私が生まれてきてからずっとずっと焦がれてきた『神の愛』が無尽蔵に流れ込んでくる。
息をしても、息を止めても、何をしようとも流れ込んでくる。
まるで消防車のホースから永遠に水を放射されるかの如く、ものすごい勢いだし、
止まる気配もない。
私は、次第に抵抗をやめる。
その中に溺れてゆく。
それでも尽きることなく、『神の愛』は流れ続ける。
もはや私は無抵抗になる。
ただその中に存在する。
『神の愛』のない所などない。
それほどにこんこんと永遠に『神の愛』は流れ続ける。
ただただそれに身を任せ委ねる・
涙もそれと同じように尽きることなく流れを止めようもない。
『神の愛』は尽きることなくいたるところに流れ込み、
「尽きることなどない。」ということを示してくれる。
私はただその中に溶け込んでゆく。
今まで私が感じていた愛も神も、ほんの入り口の限定された愛にすぎなかった。
なぜなら、すべては神の愛でできているのだ。

ウォーキングメディテーション
自然の中を歩く。
あらゆるところが神の愛にあふれている。
私は、その中を泳ぐように歩いてゆく。
ただその中に存在するだけ。
だから、身体の痛みももう感じない。

3rd
下垂体、松果体のあたりの作業が始まる。
身体をまっすぐにしていられないほどの量のエネルギーが流れ込んできての作業。
小さいころから目を閉じると見えていた「ホルスの目」がまた蘇ってきた。
次に2チャクラへエネルギーが流れ込んでくる。
得も言われぬ体感が細胞の一つ一つに伝わってくる。
それが全身の中でのハーモニーとなり得も言われぬ快感に包まれる。
自らの中でそれは生まれ、流されていくのだということを教えられる。
2チャクラのテーマ。
すべての偶然とも思える出来事がすべてここへと導かれるpath(道)だった、と告げられる。

山本ユキ ハンズオンヒーリング・チネイザン・エネルギーの学校HP

2011年2月20日 (日)

インドのリトリート4

夜が明ける前から木魚のような楽器(?)で朝を告げる音が聞こえてくる。
瞑想開始10分前にも必ずこの音が聞こえてくる。
この音がトラウマを呼び起こすという参加者もいるくらい、この音をよく聞いた。
まだ真っ暗な中、瞑想室に向かい眼ボケ眼で歩いていく。
部屋からそこまでは3分ほどの距離だと思うのだが、寒くてホカロン、ヒートテック、セーター、ポンチョ、ダウンの重ね着。
ホールの中にはモクモクお香が焚かれている。
煙草の煙とこの煙と身体への影響は変わるものであろうか? と考えてしまうほどモクモクしている。

1st Meditation
薄暗い中誰からともなく瞑想に入っていく、暫くすると彼が入ってきてまたそれまでの空気感を一掃する。
今朝は、どんなところに行くのだろうと身を委ねている。
様々な方向にエネルギーが広がっていく。
そののちに下へ下へと降りていく。 言いようのない安心感。
なぜだか涙が蛇口をひねったかのように出続ける。
途中、夜が明けてきて朝日がホールに差し込んでくる。
だんだんと光が近付いてくるのを感じ、やがてその光が私の閉じた瞼を照らしていく。
太陽の光と、私の中にある光がリンクしていき、どちらの光かがわからなくなる 何とも言えない至福の時だ。
朝日の中での毎朝の瞑想は本当にすがすがしく気持のよいものだった。

2nd
6チャクラへの刺激の後に3チャクラのコードのもつれを解消する作業が続く。
果てしなくもつれている部分(糸が絡まる具合)
は容赦なくカット。
最終的にスシュムナーの詰まりを解消する作業まで続く。
自我は、ところどころで抵抗を見せバウンダリーを築こうとするが、あまりのエネルギーにその都度無駄な抵抗だということに諦め、巧妙な自我も手を緩めていく。

3rd
次は、ハートがドキドキしてきて得体のしれない量のエネルギーがそれを取り巻き、次第に流れ込んでくる。
ひたすら涙があふれる。 
何が何だか分からないが、無限に広がる感じがする。

ウォーキングメディテーション
歩きながら瞑想状態を保つ。
今度は、ただ身体の痛みだけを感じる。

4th
次は、エネルギーがどこに行くのだろう?
上下のチャクラにパワフルにエネルギーが流れ込む。そのエネルギーを追っていく。
どこまでもどこまでも果てしなく広がっていく。

lunch
人がいるけれども、目を合わせず、話もしない。
一人で居ることを尊重されている空間。
この辺りから、その恩恵を感じる。
目を合わせるということは、無意識にバウンダリーを築くことであり、話をすることも無意識にバウンダリーを築くことなんだなぁ としみじみ感じる。
目を合わせず、話をしないということの心地よさ自由さを生まれて初めて味わうかも。
自分の鎧を取る方向性に没頭できる環境に感謝した。
目の前に広がる川の流れと山並み、流れる雲。
その中で、ニンジンを自分がかじる音を聞きながら、
「私はどこにいるんだろう?」とふと我に返ったりもする。

この辺りから、足だけでなく体中が痛くなって集中しようにもなかなか難しくなる。
深いところに入っていくが、身体の痛みで委ねきることができない。
これで、リトリートはもつのだろうか? と一抹の不安を覚える。
しかし、身体の痛みとともに 一日中瞑想のエネルギーの中に浸ることによって、
より深い世界に入っているのがわかる。
身体の痛みは、深いところに入るときに必ず起こる。
これも自我の抵抗の現れ。

5th
言いようのない安心感の中に身を置いていると、
彼がいくつも上の次元に存在しているのを感じる。
40人近い参加者それぞれのもとにエネルギー体があるような感じだろうか。
それぞれに応じたエネルギーが感じられる。
無数の顕現?
覚者の臨在パワーなのかなぁ。

6th
ハートが痛いほど開く。
ハートを開くとは、自らが意識的に開くものではなく、
花が綻ぶように開いていくものなのだと改めて実感。

山本ユキ ハンズオンヒーリング・チネイザン・エネルギーの学校HP

2011年2月17日 (木)

インドのリトリート3

早速、リトリート開始前夜から瞑想。
時間の五分前には瞑想に入れる状態で座っていないければいけない。
遅れてくる者は入ってはいけないのだ。
だから、彼が入ってきてもじっくりとその姿を見ることはかなわず、ちらりと薄目を開けて見てみる。
10年前の写真からは想像もつかない貫禄。
別人のようだ。
山のように大きくなっている。
身体もエネルギーも。
「来たな~。」という気配がしたあたりから、あたり一面のエネルギーが広がり始める。
当日は満月まであと一日のあたりだったのだが、
私は、月まで届きそうなほど大きくなるのを感じる。
まるで、アリスが「私を食べて」というクッキーを食べてみるみる大きくなったかのように。
そして、大きくなった私のエネルギー体の中には様々な私の過ごしてきた過去の人生が繰り広げられている。
まるでテレビでチャンネルを選ぶかの如くいくつもの人生が手の取るように広がっていく。
以前見た映画の中で、主人公が追っていた玉が映像の記憶装置でそれが開くと次々と映像が繰り広げられるようなそんなはっきりとした感じだ。
私は、催眠療法を仕事にしているけれども、自分の前世には全く興味がなく、頭痛のときくらいしか見て見ようとしたこともなかったけれども、ここまではっきりと繰り広げられると「そうなのかもね。」と思わずにはいられなかった。
ファルーカ(エジプトの風で動く帆船)にのってナイル川を横切ろうとする若者の人生では頬に受ける風や水しぶきを味わい、アフリカでの開拓民時代には、焼けつくような日差しと乾燥した大地を味わい、中国での修行僧の時代には、自分自身が戒律という箱の中にとらわれ息つくこともできない苦しさを味わい、また、色とりどりの花が咲く台地でただ自然を楽しむだけの人生を味わい、それ以外にもジャラジャラとおつりが出そうなくらいの様々な人生が繰り広げられている。
2nd の瞑想では、うって変わって下に下に吸い込まれていくようなエネルギーに圧倒される。
下には別の次元が広がっているような感じで、確かにそこに存在しているものがある。
しかし、これを3次元の言葉で説明してしまうことがなんとも薄っぺらいものになってしまう。
10年近く前に彼の本を読み、見よう見まねで瞑想をして、この状態に近いものすごいエネルギーの世界に圧倒された後、「これは何なのだろう?」とどこに聞くともなく聞いていた時に、初めて私はこの物質界にはない声を聞いた。それがこのブログの名前にもなっている「イシスの息吹。」という言葉だった。
それから、私の見えない世界との交流が始まった。

初日のクラス前の瞑想からこんな状態になり、圧倒される。
翌日からは5時起床。5時半から瞑想が夜の9時まで続き、10時消灯
というスケジュールが始まる。
別の部屋に帰った旅友の身を案じながらも、眠りに就く。

山本ユキ ハンズオンヒーリング・チネイザンHP

インドのリトリート2

チネイザン3期の修了試験、修了式があったため、
旅友の2人とは2日遅れで出発。
しかも、直行便まで待つとリトリートには間に合わないので、香港経由。
あきれるほど時間をかけてニューデリーへ到着後、
二人の待つホテルにたどり着き、あまりの素敵なホテルに感動する間もなく早朝にコルベット・パークに向けて出発。
約6時間かけてチャーターした車に乗って、ビルの立ち並ぶ喧噪の街、豚の親子や猿の親子など色々な親子(子どもってどうしてどの動物でも可愛いのだろう!)が横切るちょっと田舎の町、を通り抜け「スカイラーク」という名のホテルというかドライブインでトイレ休憩プラス朝食。
インドでの初めての食事なので心配しつつ口に入れたが、どれもおいしかった。
その後、モクモクと煙が立ち上る煙突の煙にいぶされた街を通りぬけ、最終地点の近くでようやく空気に透明感が戻ってくる。
上り坂が続き、山が目の前に広がってくるとコルベット・パークだ。
象が当たり前のように道の横にいるので、作りものかと思ってしまう。
Tarangi Resort着。
ガンジス川の支流であるコシ川のほとりにあるのですぐに川の流れの力強い音が耳に入ってくる。
なぜなら、そのホテルはリトリート貸し切りなので沈黙のリトリートゆえに自然の音以外は基本聞こえないのだ。
発つ前日に、厳しいリトリートの指示が送られてきた。それは12項目にも及ぶ。
このリトリートでは人と目を合わせてはいけない。
言葉を交わしてもいけない。もちろん電子機器も禁止。
旅友とは早々に部屋を別々にされ、沈黙の中昼食を取る。
当たり前のようにベジ料理。
しかし、どこで食べるベジ料理よりもおいしく、ものすごくホッとする。
常に、常備してあるタンク入りのアツアツのチャイやジンジャー・ウォーターもうれしい。
部屋に戻ると、しっとりと寒い。「なぜ乾燥しているのに寒いのだろうか?」とルームメートのメキシコ人の女性に訴えると、広い部屋にかかわらず唯一の暖房機デロンギの側のベッドを勧めてくれるのでありがたく申し出を受ける。
シャワーに入ろうとすると、水しか出ず、二人続けてのシャワーは困難なことに気づく。
寒さは、このリトリートで唯一つらかったこと。
夜はホカロンを体に貼り、ヒートテックを着てパジャマを着ても震えちゃうくらい寒い。
しかし、施設内はリトリート関係者と従業員しかいないし、喋っちゃいけないから自然の音にあふれ、
目の前には大きな川と山並みが広がり、本当に素晴らしいところ。
日が落ちてくると、ところどころに灯りがともりさらに幻想的な世界に

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山本ユキ ハンズオンヒーリング・チネイザンHP

インドのリトリート1

インドのリトリートの話をアップしなければと思いつつ、
なかなか、PCの前に座る気にならず(無事に修理を終えて帰ってきましたが、データがちょっと無くなっている。)
昨夜空を見上げたら、インドでのリトリートでの初日に見上げた月と同じ大きさの月が空に昇っていて、
あぁ、もうひとまわりしてしまったのだ と何となく時の過ぎゆくことが疎ましくも思えるのです。

リトリートのことをなかなか書けないもう一つの理由は、
通常の3次元とは違う世界のことを、どのように表現したら伝わっていくのか、伝わるのか?
とも考えるのです。

ですから、読むときにはそれが額面通りのものではなく、
恐らく、経験する人の数だけ、その経験があること、あくまで私のフィルターを通した見方であることを踏まえて読んでいただきたいと思います。


山本ユキ ハンズオンヒーリング・チネイザンHP

2011年2月11日 (金)

ただいま。

インドから帰ってきて、PCも壊れ、

食べられない日が続き、私はチョコレートとデニッシュで生きている。

きのう初めて、普通にlunchを食べてみたら(といってもサラダとスープなのだが)

調子が今一つ。

インドでは絶好調で「もう帰りたくない!」と思う日々だったのに・・・

東京のエネルギーがつらいと思ったのは初めてかもしれない。

インドでは、カレーは一回しか食べないし、毎日ベジタブルガーデンの採れたてサラダを食べていたし、ガンジス川もきれいだし、空気もきれいだし、ずっと瞑想だし、幸せだった。

長女曰く 私の旅の行程を聞いて「それは本当のインドではない!」と言っていたけれども。

リトリートのことを書こうと思うのだけれども、言葉にするのが難しく、

なかなか進まない。

つくづく、エネルギーのことを言葉にすることは難しいことだと思う。

少しづつ書いていきますね。

山本ユキ ハンズオンヒーリング・チネイザンHP

2011年2月 2日 (水)

お願い

インドから帰ってきてからパソコンがブツブツと音を立てて壊れました。
リトリートが終わって一番したくなかったことがパソコンを開くことだったので、
当然といえば当然なのかもしれないけれども。。
虫の息のpcを使っていますが、
朝もテッシーのメールを読んでいたら切れた。
なので申し訳ありませんが、
yukiyuki1225@i.softbank.jp
の方にご連絡いただけると、確実にお返事できます。
よろしくお願いいたします。
山本ユキHP

2011年2月 1日 (火)

ユキはお釈迦様にでもなるのか?  byショウヘイ

「インドに瞑想リトリートに行ってきます!」

と、言うとショウヘイは、

「ユキはお釈迦様にでもなるのか?」

一同大爆笑。

「そういえば、高校生の頃、空に向かって、『もう来ないで!』 と夜中に叫んでいたわよね。ご近所に恥ずかしいから止めてと言ったわ。」by サチコ

私がインドに行っている間も、盛り上がったらしい。

この話題はいつでもケイタからショウヘイまでの笑をしっかりと掴める。

帰国報告に行くと、皆が合掌して迎えてくれた。

「ナマステ~。 それで人格が上がって帰ってきたの?」byマキ(妹)

「侑玄さんの番組を見ていたら、瞑想をしているとオーラが見えてくるらしいぞ。」byショウヘイ

「私、それは以前から見えてますの。」byユキ

夕食時は、私のインドでの瞑想体験から世界の貨幣価値の問題、文明社会で暮らす事の幸、不幸について 等など多岐にわたり、私のインド修行は家族にも何らかの影響を与え、久しぶりに討論会になった。

その後も影響は続き、妹は父に「ちょっと来い。」と呼び出され

『人生について』

滔々と聞かされたらしい。

「自分の人生をもう一度見直せ。50,60歳になった時にこの生活で後悔はないのか?」

と言うことらしい。

父は、NHKの仕事をしている時にカナダの大学の副学長に転職した。

その当時は、全く違う人生の選択に家族も浮足立ったのを覚えている。

しかし、数年後父は病に倒れ それ以降は仕事を離れていた。

「もしも、あの時に日本での生き方を選んでいたら、病気にはならなかったかもしれない。だから、人生の選択はとても重いものだ。」と父は妹に話したらしい。

友人とのランチやスポーツクラブ、幸せな奥さまの日々に明け暮れている妹に、

「この生活に本当に満足しているのか?」と提言できる父を凄いと思う。

だって、娘として見るのであれば孫だって生んでくれて家にいてくれるのだから大満足じゃない と思うのだ。

妹に意見を聞かれ、

「妹として見るのであれば、それで幸せならばいいんじゃない?と思うけれども、もっと広い視点で見るならばパパと同じことを言うかも。」と言った。

早速、行動を起こし始めている妹に、

父は、「解ってくれたみたいだな。」と言っている。

家族を人間としての視点で見るのって、出来そうでなかなか出来ない。

なかなかの人格者だなぁ。

と感心する今日この頃です。

山本ユキ ハンズオンヒーリング・チネイザンHP

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