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2010年3月30日 (火)

スークで拉致られる。

マラケシュ最終日。

この日は、朝からスーク(バザール?市場?)に。146

新市街に行く人たちと別れて、私は一人でジャマエルフナ広場に残ってブラブラしました。

先日は、SATCのロケがあったそうで、スークの中にはその中で作られたセットがそのまま残っていました。

そういえば、アイト・ベン・ハッドゥにも映画のロケのセットがそのまま残されていたし、ほかの国ならば「いくらなんでも取り壊すでしょ。」と思うと思うけれども、モロッコの人たちのこだわりのなさは、ある意味凄い!

ランチを食べて、 150

銀行で両替をしていると、私の前後のラテン系の女性と地元の女性がすさまじい勢いで喧嘩を始めて、あっけにとられて見ていると、現地の女性が私の手を引いて広場に。

あっという間に3人のへナ描き女性に囲まれ、お風呂のイスに座らされ、あれよあれよという間に手足に模様が。

143 終わってみると、8000DH(約八万円)要求されてビックリしていたら、また、そこで3人が喧嘩を始めて、ほとほと疲れたので300DH(約3000円)を渡し,そそくさとその場を離れました。

あとで、岡本先生に報告すると「拉致られたのね。」(岡本先生の言葉って面白い。)と言われましたが、山のように大きな黒い女性3人に囲まれると、さすがに怖い。

AKBAR」という可愛く素敵なブティック(プリンセスが貸し切りにして立ちよるらしい)に入り浸り、スークの値段とは思えない可愛くない値段の洋服を買いこみ、「物欲が蘇ってしまいましたね。」と笑われてしまった。

5時からスパの予約があるので、タクシーに乗って帰ろうとタクシーを探すと、メーター扱いではなく、「50DHでなければ行かない。」タクシーの列。

コーディネーターの和田さんから「メータータクシー」に乗るように言われていたので、

道の反対側まで行って交渉するも、ダメ。

と、一人の運転手さんが、30DH(300円)で行ってくれるというので、お願いしてホテルい着いてみると、「80DH(800円)」の要求。

先ほどの女性とのやり取りで、少し学んだ私は、30DH置いて降りてきました。(和田さん曰く、「そういう時は20DH(200円)置いて『降りないぞ』とごねる。」なるほど。。)

2回目のハマムは、スパが名物のホテルだけあり、154 素敵な内装。152 たっぷりと2時間マッサージを楽しみました。途中、見てみると、バラの花びらでマッサージしていた。

ここでは、値段交渉しなくていいから安心。(ボディ、フェイシャル、爪で13000円くらい)

病み上がりの身では値段交渉はかなり消耗します。

&ここに生きる人たちの生命力の前で、私なんて赤子の手をひねるようなものかしら?

夜は、とってもお洒落なヌーベル・モロッカン・キュイジーヌの『ダール・モハ』へ。

155 156 158 とにかく繊細で美しいお料理の数々。私はフォアグラのソティをチョイス。下にはクスクスが。

このツアー、本当に考えられないくらい盛りだくさんで贅の限りを尽くしたものでした。

岡本先生は、ご自分の知りうるモロッコの素敵さを この日にちの中で目いっぱい組み込んでくださり、そこにコーディネーターの和田さんの底力が加わり、おそらく他では味わえないほど、盛りだくさんで本当にこの値段では申し訳ないほどのツアーを味わうことができました。

私は、ヘナヘナ状態でなにもお役に立てなかったのですが、参加できたこと本当にラッキーだったなぁ と思います。

岡本先生heart01ありがとうございました!

岡本先生が現地の親父たちとやり合っている姿は、本当に可愛かったです。きっと前世はモロッコでハバを利かせていたのでしょうね。

私も親父友達が欲しくなりました。

2010年3月27日 (土)

成田でニアミス

長女がインドから帰国。

次女が、韓国へ。

ちょうど9時ごろ成田で二人がニアミス。

「サンダルだから迎えに来て!」というので、長女を迎えに行く。

遠くから見ると「誰?」

寒空にシトシト降る雨の中、サンダル履きに 髪の毛ぼさぼさ、私がモロッコで砂よけに買ったスカーフを巻き、着られる限りの洋服を重ね着している姿。

「帰ったら、すぐにお風呂に入ってね。 かゆくない? 痛くない?」の言葉に、

「あぁ、石鹸シャンプーじゃないシャンプーで髪を洗いたい。もう三日もお風呂に入っていないかも。」

「うわぁ じゃあ、もう僻地への旅は終了?」

との問いに、(だって、インドと言ってもほとんどの滞在はインドの中でも最も貧しい村で、マフィアが思想に合わない人たちを殺人しているようなところらしい。)

「いや、インド結構いいなぁ。1-2を争う。」

鉄人の長女は今回もお腹一つこわさず、元気にやっていたらしい。

「何が、一番よかった?」

と聞くと、

「孤児院の子どもたちと過ごしたことと、ブッダガヤで瞑想したこと。ガンジス河から登る朝日を見たこと。」

だそうです。

施術に来てくれていた小倉さんと 牛が通るから10時間遅れる夜行列車とガンジス川の様相を聞き、足元がムズムズする私でした。

次は、アフリカらしい。

2010年3月17日 (水)

サハラ砂漠から電話

岡本先生のブログの写真転用させてください。

モロッコでは、docomoがなかなか通じないのです。(ソフトバンクが良いらしい。)

が しかし、サハラ砂漠の真ん中から電話してみたら通じました。

「もしもし、お母さま。 いま、サハラ砂漠で満月と日の出を見ているの。」

との電話に、しばらく私からの音沙汰がなかったので、

さすがに

感動していました。

Photo_7

2010年3月16日 (火)

砂漠で 満月と太陽

いよいよこの旅のハイライト 満月と太陽を両手に!

107 5時に起きてラクダに乗って砂漠の真ん中までゆられていきます。エジプトに続き2回目のラクダ。ラクダひきさんは、相当イケメンもいるらしく。固定ファンもいるらしい。

やっぱり、高いなぁ。ラクダの上は。

砂漠の夜は寒い! ダウンを着て、スカーフを巻いても寒くて。。。

114 真っ暗な砂漠にぽっかりと浮かぶ月。

反対側からゆっくりと

115

 夜が明け始めます。

118

月はだんだんと大きくなり

125 満月が沈みはじめます。

反対側では、太陽がのぼってきました。

132

138真っ暗でしっとりとした闇の中からゆっくりと色が生まれ始め、両手を一杯に横に伸ばすと、右手に大きな月、左手に大きな太陽。

真ん中には広ーい砂漠の中にぽつんと私たちが。

何と贅沢な空間なのでしょう。

やがて、はちみつ色の砂漠がゆっくりと太陽の元から広がります。

前日は砂嵐だったので、はちみつ色の砂漠には私たちが乗っていたラクダの足跡しか残されていません。

これが現実の景色なのかしら?

こんなにも美しい景色が存在していること そして、そこに立っている事。

不思議な感じです。

勿論、砂漠の真ん中で太陽と月の瞑想しましたsun

気持ちよかった~。

裸足で砂の上を歩くと冷たくて、でも、砂の中に足を入れてみるとほんのりと昨日の太陽の温かさが残っていました。

2010年3月15日 (月)

1時間の余裕

モロッコから帰ってきてから自宅でのセッションをしているのですが、

たった1時間だけれども、通勤時間に費やしていたこの時間が潤いをもたらしてくれています。

大好きなK太のおしゃまな会話も生で聴く事が出来るし、女系家族では理解できない男子の単純な生態も観察中。想像のつかないその行動に日々メロメロです。

親孝行も出来るし(昼食をごちそうになりに行くだけなんだけれど・・・)。

今日は、サチコが、

「皮膚科に行ったらリフトアップを勧められたからやってみようかしら?」

と言い出した。

いまどきの皮膚科はリフトアップを勧めることが多いらしく、母の知人も某大学病院で70万円でリフトアップを勧められた。

昭和ひとケタ生まれのくせにチャレンジャーなサチコは、

刺青アイラインをいち早く取り入れた実績があるので、焦った私は、

「まず、私が施術してみて 効果がなかったらやってみたら?」

ということで、サチコの施術を。

まずは、顔の半分だけ。

すると、目の大きさ2倍、しわうっすら、口角1センチ上がり、ホウレイ線薄くなる。 

ショウヘイまでもが「違う違う 全然違う!」と驚いていた。

サチコも、

「この顔を皮膚科の先生に見せに行く!」

と喜んでくれました。

あぁー写真が載せたい。(実際に怖いものが見たい人は私にメールを。ノーメイクだから怒られる。)

あんまり面白いから、インドにいる娘にまで写メを送るとともに、

「みんなが違いを見るまで反対側はやってあげない。」と言って半分だけやってあげました。

あぁ 親孝行して楽しかった。(もう半分やらなければ親孝行ではないか。。。)

shine

おそらく4月5月あたりから始める精神科医の方とのコラボの打ち合わせに「グルメ社長杉さま」ご推薦の「ありそ亭」でお食事。

短時間の間に、サクサクと方向性が決まり とっても楽しい時間でした。

杉さまご推薦だけあり、お食事もデザートも とても美味しかったです。

とくに「バイ貝のディップ。」は食したことのない美味しさでした。

コラボの内容は、近々HPにアップしますのでよろしくお願いいたします。

Cid_01100313_225318____n703iddocomo

2010年3月14日 (日)

4日目メルズーガ 砂漠到着!

砂漠着。
しかし、凄い砂嵐。誰?状態の装備です。
砂でコーディネーターの和田さんのカメラが壊れました。
しかし、夕方になって太陽sun
fullmoonが美しく見えてきました。
夕食後、岡本先生を囲んで、「乙女座満月のワーク」短時間だったけれども、深いワークになりました。
「今までの自分を漢字一文字で例えると。」という問いには、結構重なっている人が多く、「うーん」と唸ることしきり。
真夜中にホテルの屋上でした満月の瞑想はアフリカの大地に上でおこなっただけあり、しっかりと体の中に月のエネルギーの実感が感じられるものでした。
日本で行う月の瞑想はどちらかというと、アジナのあたりにエネルギーが集まるのですが、ここでは、ムーラダーラ、スワデディスターナ中心でした。
月は世界中どこへ行っても同じものだけれども、場のエネルギーが変わることで 「月」の持つエネルギーのレイヤーがこんなにも変化し、影響を及ぼすものなのだということが 何とも嬉しい発見でした。
この夜見た夢は、何とも印象的な現実か夢の世界だかわからないようなマジカルな感じ。
ここから、この後に続く 私のデトックスは始まったのかも!?

2010年3月13日 (土)

モロッコ3日目続きアイト・ベン・ハッドゥ

モロッコの男性が身につけている、ジェラバという民族衣装。

岡本先生のHPのトップページの賢者が着ているものなんだけれども、ジェラバ

マラケシュに着いた途端に男性陣がこのフード付きコートのようなものを着ている姿が怖くて怖くて。。。

私はあんまり「怖い」と思うことがないんだけれども、このジェラバを着た後姿は本当に怖くて、写真も撮れませんでした。

聞くところによると、これは、モロッコのある村にすみついたユダヤ人がもともと着ていたらしく、それまでこの地の人は布を巻きつけたような衣服を身に着けていたそうなのですが、このユダヤ人の機能的な(確かに砂漠ではこの衣装は非常に機能的で、今回の旅行でもお人形のように可愛い女性まで「ジェラバを買って砂漠に行こうかしら?」などと言っていました。)衣装を知り、この地の人の間に広まったそうです。

コインにも、この衣装を身に付けたおじさんが彫られ、本当にいつもゾクゾクシテいました。

sun

この雪の峠を越えて向こう側の砂漠へと向かいます。

途中、あまりにパワフルなとげをもつサボテン。何もかもが力強いのですよね。道端に咲く小さな花ですら一つ一つが濃い!それに触ってみると内部に非常に水分を含んでいるのです。

物凄い風で砂嵐状態。

こんな装備でなければ外を歩けません。

中にはこんなに美しい壁画の残るところもあります。

アイト・ベン・ハッドゥを見降ろすレストランの食事。
美味しかったサラダ。
毎日、タジンです。
卵のタジンさまざまなタジンが出てきます。

2010年3月11日 (木)

モロッコ3日目 ダーデスへ!

マラケシュ→ワルザザート→ダーデス。
標高2260mのティシカ峠を越え、世界遺産の村、アイト・ベン・ハッドゥへ。
雨による川を渡って向こう岸にある村に行くために
ロバに乗って川を渡ります。
往復で、10DH120円くらい。
雪の残る峠を越えると、マラケシュが雨なのでこちらは風。日本海と太平洋の関係性。
羊は雨が多いと高く取引され、降らないと安く取引されるそうです。
途中立ち寄ったcafeで、エスプレッソにミルクを入れた「ノスノス」は10ディラハム120円。小さなグラスでいただきます。
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ワルザザートを経由して、カスバ街道を通り、ダーデス谷へ。
「人体の谷」とも呼ばれる奇岩の風景まるで火星にいるようです。
道路の脇には、セレナイトがごろごろと売っています。
ホテルの部屋にも巨大なセレナイトのランプがごろごろと置いてありました。
産地なのでしょうか?
fullmoon
それにしても、ここの大地は砂でも切り立った断崖でも力強く「生きている」感じがします。
死んだらそれで終わり、という砂漠から生まれた宗教感は、この土地であればおそらく当たり前の事実として受け入れられるのでしょうね。
生きるということに真剣でありながらも、最終的なところで圧倒的な神(自然)に委ね生きているのですね。

2010年3月 9日 (火)

時差

モロッコ・ドバイから帰って

次の日にチネイザンのクラス。

今日は一日セッション。

その間、時差ボケでほとんど寝ていないのだけれども、

なぜだか眠くならないのです。

果てしなく長い移動時間で寝だめしたせいなのでしょうか?

そんな中、NHKのプロフェッショナルから

3月の放送から秋まで放送が中断するメールが入ってきました。

私は、「プロフェッショナル」が大好きで、

事あるごとに、熱いメールを番組に送ってきたのです。

ここ最近、忙しく番組を見る機会が減っていたのですが、

眠れずにリビングに上がり 夜中TVをつけると

有機農法の金子さんと山岳救助隊の山田さんの再放送をしていました。

ここ数カ月私の中から消えかかってきた「何か」がその中にはあって、

モロッコでの寝込んだ日々や 

ここ最近の気力のなさ、

少しづつ霧が晴れてきたように思います。

ふとテーブルの上を見ると、

明後日からインドに出かける長女の日程表が置いてありました。

中1のころからボランティア活動をはじめた長女は、

今度はインドの孤児院に行って

彼女ができる「何か」を探しに行くようです。

私は今、プログレスの新月という28年に一度の変換期を迎えているようですが、

ちょうど、28年前は長女の年齢の頃でした。

その頃、私は夢破れ毎晩遊び歩いていた頃でしたが、

同じ年ごろの長女は、私にいつも「何か」を教えてくれています。

16歳の次女は、溢れるほどの愛を私に注いでくれています。

ここ最近、私の年よりもずっと年下の若者たちが

どんなに私を励まし、導いてくれているか。

しかし、辛気臭くなくさらっとしている所も素敵なところです。

長女は、「久しぶりに学校に行って、○○先生(長女もわたしもお世話になった先生)に会って、

『お母さん元気?』と聞かれたから『モロッコに行っています。』と言ったら、

(インドに行きますという彼女と)『似たもの親子だなぁ。』と言われちゃった。」と言って、

私が、「お母様は時差ボケで料理が作れない。やって頂戴。」というわがままを聞いて

テキパキと夕食を作ってくれるのでした。 

勿論、私がモロッコに行っている間の家事は長女と次女が分担してやってくれるのでした。

物質的な年齢は本当に関係ないこと 改めて感じます。

我が家で一番お世話されているのは私かもしれません。

こんな夜中に、あまりにたくさん感謝したいことが溢れてきています。

本当に感謝しています。

ありがとう!

love.

yuki~

2010年3月 7日 (日)

スーク

スークのクロマジュツ用グッズの店。怖すぎます。
写真にぶら下がっているのはアルマジロみたいな動物の干物。
下は鷹の干物。
その下は、羊の頭。
コーディネーターのマヤさんは、マニアックに民俗学を探っておられ、黒魔術の世界も、さまざまな土地の呪術師を訪ね歩いている。
どの国でも同じように、本当に力のある呪術師ほどカーテンの陰に隠れているらしく、一般には知られていないらしいが、相当に魔術師らしい。
モロッコでは、未だ黒魔術文化が密かに息づいており、悩みのあるものは密かに呪術師のもとを訪れ、悩みに応じた処方箋を書いてもらい、処方箋通りに たとえば「羊の頭の干したものに、○●を二つと ○●の薬草を用意して ○○に○●して置いておく。」その他「アルマジロ」「鷹」など用途に合わせた品々がこのようなスークの片隅の この写真にあるような店に行き用意してもらい、モロッコにしては相当高額な代金を支払って呪術を行っているらしい。
しかし、イスラム教的には邪道とされているので、あくまで秘密裏に行われている。
そして、「私もやりたい!」と旅行者が言って出来るものではなく、あくまでイスラムに根づいたものなので、イスラム教の下でのみ効果があるらしい。
精霊との契約となる。
これは、おそらくどの文化でも同じだろう。
たいていの呪術は外すことができるが、一番パワフルで外すことができないものが、サンゴの板に呪術を書いたもので、これは、このサンゴの板を割らない限り呪術は外せないらしい。
だから、モロッコの男子に「サンゴの板に呪術を書くぞ!」と脅すと、相当、効果があるらしい。(だから、モロッコでは密かに女子が手綱を握っているのか、男子は夜遅くまで外で座っている姿を見かけます。)
この呪術の話は面白いので後日続きを!

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