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2007年5月30日 (水)

殯(もがり)の森

昨夜、BSでカンヌ国際映画祭の審査員特別賞を取って話題になっている「殯(もがり)の森」をやっていた。 途中から気づいてみたのだが、どうしてこんなに早くテレビでやるのか不思議な感じだった。

何しろ美しい奈良の山。 監督自身が奈良で生まれ育ち 表面だけでなく その深いところにある怖ろしさと紙一重の美しさまで映像として表現し 見ているこちら側の中にに何とも言えない奈良の森への憧憬を生み出す。 自分の生い立ちを語っていたが、幼少時に両親が離婚し、親戚の叔母の元で育てられその叔母が数年前から認知症になり そんな中から生まれてきた作品だと言う。 先日エネルギー心理学で発達心理のことを少し学んできたが、彼女のその「経験」は、 自然との深い関係性や人の命、生きるという事に どんな風に繋がってきたのか思いを馳せずにいられなかった。

とにかく深いところが揺さぶられる映画でした。

山本ユキ HP 

2007年5月29日 (火)

体育祭

今年も、年に一回 中高の頃の同級生と一緒になって声がかれるほどエキサイトする母校の体育祭で盛り上がった。 この年になって これはありなのだろうか? と冷静に他者の目で見ると思うが、 いざ、その地に立っていると熱い血が騒ぎ、年を忘れて応援している。 学年対抗の競技なのだが、学年によっては半年前から練習や企画に入り、優勝を狙う。 普通に考えれば年功序列になるはずなのだが、たまにそれがひっくり返ることもあり目を離せない。 体育祭にかける意気込みは、数十年前の私たちと変わることなく、さらに緻密に積み上げていて本当に素晴らしい。 

よく「最近の若者は。。」と言う声が聞こえてくるが、本質的なものは何も変わっていないように感じられた。 さらに父兄である私たちの中に流れる「母校の血」も何も変わらず私たちの中に流れている。 在学中や若い頃、私はあまり母校に思い入れもなく、娘も「この学校に入れたい」という思いはまったくなかったが、幼稚園からこの学校に通い、ふと気が付くと私以上にこの学校を堪能しフルに活動している娘たちを見ると、嬉しいような。。。自分の時代は終わったような。。。不思議な気持ちになってくる。

しかし、何かに向かって情熱を傾ける「経験」を味わった私たちは、何十年経っても それぞれ「何か」に向けて情熱を傾けずにはいられない。 暫くぶりに会う、同級生がそれぞれに情熱を傾けて生きている姿は、本当に励みになる。 それぞれの核にあるものは、中高時代と少しも変わらずに燃え続けている。 一年に一回、自分の中に流れる「情熱」を再確認する場を与えてくれた娘たちに感謝している。

山本ユキ HP 

2007年5月18日 (金)

エジプト4日目その3

太陽が高くなり、物凄い気温になってくる。 日陰にいないとジリジリと音を立てて肌から水分が蒸発されていくような気がする。 しかし、イシス神殿の中は別世界のようにしっとりとした空気に満たされている。

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エジプトのハスの花のレリーフ。 日本のハスよりもサッパリとしている。 

原初、太陽には自分で空に浮かぶ力はなく、
太陽を支えていたのは、原初の水から生えたロータス(蓮)の花だという。そのためロータスは、太陽神・再生・豊饒の象徴とされていた。蓮の花は上エジプト(ナイル川上流地域)を、パピルスは下エジプト(ナイル川下流地域)をあらわしています。 そのほかにも、上エジプト王の白冠(ミトラ なだらかな流線型) 下エジプト王の赤冠(デシェレト とんがり帽みたい)でもあらわします。 レリーフの中にも、赤冠と白冠のそれぞれをかぶった者や、上下エジプトを統一した証としてかぶる二重王冠 プスケントがある。 

一つずつのレリーフを見ていると、色々な背景が見えてきて、冠や花に注目するだけでも面白い。

129 まだ誰も、写真を縦に表示する方法を教えてくれないので、こんな状態。 娘の身長は170CMあるが、それを基準に見ても壮大なレリーフ。 ここでは、綺麗に残っているけれども、中には、後から権力を持ったものが気に入らない人物が削り取られているものも様々なところで数多く目にした。

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一番奥の祭壇に手を置きエネルギーを感じていたら、左のおじさんがニコニコやってきて なにやら作法が違うと言い出した。

139 ←こうやるんだと よくわからない作法を教えてくれる。 このままズーット両手を上の方にあげていく。ちなみに娘たちはカメラのこちら側から爆笑している。

最後に、バクシーシ(チップ)をおねだりされ、「そんなもんだね」と思いながら、何だか楽しくなった。

山本ユキHP

2007年5月12日 (土)

天才論

ここの所 ズーットすっきりとしなかった。 喉に何かが引っかかっているような感じがして。 それは、完璧に見えるものに対しての疑念のようなものだった。 綺麗ごとの中に真実はないような そんな感じだ。

茂木健一郎の 天才論 ダヴィンチに学ぶ「総合力」の秘訣(朝日新聞社) 

この本を読んでいて、それが何なのかがいい具合に見えてきた。 この本は、インタビューを元に構成された本のようで、氏のいつもの著作とは少し異なる感じがするが、語り口であることによってのサラッと流れる言葉の中に『上からの流れ』のようなものが感じられ、流れが心地よかった。

その中で、「自分たちの起源が、ほかならぬ自分たちにには隠蔽されていることは、われわれに強い不安をもたらします。だからこそ、人間は神というものを構想したのではないでしょうか。」「レオナルドの作品が差し出す謎と不安は、まさにこのようなものだと思います。生命そのものの根源に横たわる謎。」 こんな行があった。 このあたりで「つまっていた何か」が心地よさへと変わっていくような感覚を得た。

私が魅力を感じるものはどんなものだろう。 完璧に聞こえるフレーズの中に外れた音を見つけたとき 幾度となくその音を反芻していることに気づいたり。 完璧に見える人の中に、外れた部分を見つけることによって、より愛おしさが増したり。 完璧に整っている仏像よりも、どこかが朽ちている仏像に果てしない永遠を感じたり。 この本の中でも、夏目漱石の「坊ちゃん」に関する行があり、漱石は自分の事を誰だと思っているかというと坊ちゃんではなく ずるい赤シャツだ という。 これを聞くと、「坊ちゃん」という作品が私の中で、ただの課題図書ではなく、非常に深みのある味わいある作品へと変わっていった。 自分自身に対してもそうだったかもしれない。「完璧にあらねば」とか「そう見えるようにしなくては」とか「こうあるべきだ」などと思っているときは、自分の事を愛おしくは思えなかった。  

「ゆらぎの美学」こそ私にとっての真実に続く何かかもしれない。 

山本ユキHP

2007年5月 8日 (火)

エジプト4日目その2

暑くて、混みこみのアブシンベルから飛行機でアスワンへ。 何とこの飛行機の時間がAM10時15分発 物凄くテキパキとしたスケジュール! たった45分の飛行時間だけれども機内では爆睡。 アスワンはやはり暑かったが、人は少なく。 少しスッキリとする。 アスワンでの運転手さんはヌピアの人。 この土地は、ヌピアの人が多い。 エジプトの人にとってとってもご自慢らしい、アスワンハイダムへ。 しかし、私たち3人の興味は惹かず、「オスマンさん ここはサラッと通り過ぎましょう。」と素通り状態でイシス神殿に向かう。

小さな船着場からボートに乗ってアギルキア島に向かう(もともとフィエラ島にあったが、ナイル川の推量が増加して島全体が水没したため、移された)

182 オスマンさんによると、これが水没した島。

ほんとにこんなに水没するのー??

船がイシス神殿に近づいていくと、白く美しい神殿が青いナイル川に浮かぶのが見える。何とも女性的で美しい姿は、これまでに見てきたエジプトの建造物と対照的だ。

175 別にここにイシスがいたわけでもないだろうけれども、この神殿に漂う「イシス女神信仰 総本山」とも呼べるエネルギーに涙がこぼれる。

ものすごーく暑いんだけれども その静かさと ぽっかりとナイル川に浮かぶ形態 そこに流れるエネルギーにより 外から肌に感じる暑さとは違う温度感がある。

山本ユキHP

2007年5月 5日 (土)

囲炉裏

娘の課題に付き合って、近所の郷土博物館に行った。(勿論、ちびさん二人も一緒に) 大通りからナビに従って細い通路を入っていくと、しっとりと落ち着いた建物があった。 この近くには子どもたちが通っていた幼児教室があり、週に2回は来ていたのだが 気づきもしなかった。 

しっとりと落ち着いた萱葺きの門をくぐると、近代的な建物があり そのあたり一体で見つかった土器やそのあたりに住居を構えていた作家の直筆の原稿などが展示してある。 その建物を抜けたところに、萱葺きの古民家がある。

とても素敵なのは、その古民家から薪を燃やすような匂いと煙が上がっていることで、入ってみると囲炉裏に鍋がかかっている。 薪の燃えるパチパチという音が静かに響き、係りのおじいさんがお茶を入れてくれる。 薪の燃える香ばしい匂いの中で 丁寧に入れたお茶をいただきながら ウチのちび二人が「フーフー」しながらお茶を飲む姿を見て 「会いたくなっちゃったなー。 この間、送ってきた写真は元気がなかったからなー。」などと お孫さんの話とか、他愛ない話を伺った。 こんな話がスッと出来るのも、囲炉裏のなせる業かもしれない。 土間に出て、釜戸や石臼などを見て廻るうちに 私まで「これはどうやって使うんですか?」等と質問をすると、「それも知らないか。。。」と言いながら丁寧に説明してくださる。

石臼の上に一本の竹が梁から吊るされている。 娘が「これは何ですか?」と伺うと 「最近になってからは、ここに鍬を吊るしておいたんだよ、でもね、その前には鶏がとまる棒だったんだよ。」と教えてくださった。 「でも、見てごらん。 この竹の太さじゃ鶏は太すぎてつかまれないよね。 こういう家に住んだ経験のない人がこういうものを作ると こんなことになるんだね。」 と何ともいえない表情で洗い上げたお茶碗を丁寧に拭きながら話してくれた。

たった一本の棒だけれど、おじいさんの言葉は 何だか深いところに留まり、大切な「何か」を教えてくれたような気がする。 おじいさんの何をするにも とても丁寧な手が なんだか大切な宝物のように思い出される。

山本ユキHP

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